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おうちは海賊

 生前の祖父に、サイパンから手紙が届いたことがある。地名が太平洋戦争を喚起させるので、一部の人は「ああ、おじいさまが従軍なさってたのね」と思う。しかし祖父は「赤坂で塹壕を掘ってる最中に戦争が終わった」人だ。土地で言えば生粋の秋田っ子であり、サイパンに知り合いはいない。姓は「津谷」と言う。
 
 封書は確かに国際郵便で、切手には「USA」と書かれている。詐欺だろうか、それにしてはずいぶん手が込んでいるね……なんて家族で話しながら開封したところ、中にはこんな内容の手紙が入っていた。

 突然このような手紙をお送りするご無礼を先にお詫びいたします。私はサイパン島在住の○○と申します。こちらの住所は、NTTハローページにて確認させていただきました。

 私には子どもがいてルーツを説明してあげたいのですが、わたし自身なにも知りません。それで情報収集を始めました。母方の名字は津谷と言い、宮崎の出です。(…)はなはだ不躾なお願いで恐縮ですが、秋田のそのあたりには津谷という名字の方がたくさん住んでおられるようです、なにか名字の由来をご存知でしたらお聞かせ願えませんでしょうか……

 祖父の名字を辿った人からの「わずかな情報でいいからほしい」というお手紙だった。差出人の見立てでは、ルーツをさかのぼると瀬戸内海の海賊に行き着くらしい。がんらい面倒見のいい祖父は、ノリノリで資料を収集してサイパンに送る。
 
 自分から見ても、当時住んでいる地域が港町だったこと、「津」の字にさんずいが入っていることから、海と無縁とは思えなかった。瀬戸内の海賊が水上を移動して秋田に流れつく。不自然な話じゃない。
 
 海を超えた文通の結果、やはり海路に強い人たちが先祖らしく、海賊の線が強いということで落ち着いた。途中から有力者の家系図に結合され、家紋も持ったらしい。祖父が亡くなったあとは、その手紙をわたしが保管している。
 
 サイパン在住の方の名前が自分と同じだったのもあって、このことはしばらく家族の話題に上がった。ほらこの人もメルシーさんですってよ。いやよくある名前だろう。それはそうだけど、なんかしらご縁を感じるじゃないの。
 
 かくして自分が海賊の子孫らしいとわかったわけだけど、さして自分に海要素は感じないのだった。大海原を前に血が騒ぐこともなく、お宝目当てに航海に出るほど元気な人間でもない。
 
 海賊であるからには人々からいろいろ奪ったんだろうか、なんかすいませんねとは思う。それとてあまり真剣じゃない。いまの自分と地続きだとは感じられなくて、それはどうしたって遠い昔のお話だ。
 
 血筋なんていうのは、その程度のものなんじゃないか。世の中には「お家柄」を気にする人たちもいるけれど、どこまでさかのぼる気なんだろうか。ずっとずっと辿って行けば、だれでも人類発祥の地・アフリカに行き着くだろう(※諸説あります)。
 
 ただ一方で、家族が共同で持つ「業」みたいなものはあるよな……とも思う。うまく言えないけど、父親がスーパーマンだと息子がダメになる例をたまに見る、ああいう感じ。あるいは親から暴力を振るわれていた人が、自分も子どもに手が出るようになってしまい、その子どももまた同じことをしたり。家族と家族であるがゆえに、逃れられないなにか。
 
 通っているカウンセリングで家族の話をしたとき、傾聴者の先生は「よく生きてらっしゃると思いますよ」と言った。「メルシーさんは『自分はこの家しか知らないから、これが普通かどうかよくわからない』と言いますけど、まったく普通ではないです」。
 
 普通ってなんだろう。でもそれはきっといいものだと思う。なら私もそれがほしい。こんなことを昔からよく考えて止まない。


※ヘッダー写真は、部屋にあるカレンダー。明日から3月。

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メルシーベビー
本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。