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ラーメン屋である僕たちの物語1st ①
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《あらすじ》
「僕」たちはラーメン業界でも珍しい
父、母、そして兄弟、皆それぞれの屋号を持つ
『ラーメン一家』である
偉大なラーメン職人の父と弟を持つ「僕」は
まだ何者にもなれないままだった
この物語は
ラーメン一家の長男である「僕」の視点から
家族の絆、確執、喪失、再生を
『ラーメン』を中心にしながら
シリアスに、時にコミカルに描く
ノンフィクション自叙伝である
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好き嫌い問わず、日本人ならば必ず一度は食べたことのある(であろう)食べ物。
《ラーメン》
ラーメンとは、鶏や豚のガラや野菜などを炊いた熱々のスープに、タレ、香り油、中華麺、チャーシュー、メンマ、ネギや海苔などが乗った食べ物。
多くの人がラーメンを説明する時、こんな感じだと思う。
さて、そんなラーメンはあなたにとって
どんな食べ物だろう?
低価格な庶民の味方?
サッと食べられるファーストフード?
お湯を注げば食べられる手軽なもの?
はたまた人生を変えた思い出の一杯?
人それぞれ、いろんな「ラーメン像」があると思う。
でも僕たちラーメン屋にとって
いや、僕たち家族にとって
《ラーメン》は
もっと違う意味を含んでいる
今回は僕の視点から、ラーメンに人生を捧げた『僕たち家族の話』をしようと思う。
少々長くなるが、お付き合いいただきたい。
そしてこれは
僕の犯した『罪』の告白でもある
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「ラーメンとは人生だ」
この言葉は、僕の親父のものだ。
僕の親父は脱サラ組で、90年代に藤沢で「七重の味の店めじろ」という、当時、鵠沼にあった佐野実さんの「支那そばや」と湘南、ひいては神奈川県のラーメンの人気を二分すると言われる程のラーメン店を営んでいた。
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そして僕たち兄弟もまた、親父の店で修行し、それぞれ独立を果たした。
僕は2003年「ひなどり」鎌倉に始まり
2006年「麺やBar渦」本鵠沼
2014年「RAMEN渦雷」辻堂
2022年「うずとかみなり」本鵠沼に至る
(うずとかみなり以外閉店)
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弟は2012年に巣鴨(現在は代々木上原)にて
「Japanese soba noodles 蔦」を開店
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/116053940/picture_pc_39f030e2471a8e337bc3fd9878d1c3f9.jpg?width=1200)
実はお袋も「麺バルHACHIKIN」というラーメンバルをやっていた。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/116078514/picture_pc_bf260569235c0a92c44e20b342d32aca.jpg?width=1200)
父、母、僕、そして弟、それぞれ違う屋号を掲げているが、それぞれがラーメンを生業としている。
そう
僕たち家族は文字通り
「ラーメン一家」なのだ
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物語は遡ること、約27年前
僕が20歳になった1997年、親父の店がTVに出た。
確か勝俣州和さんがMCしてた番組だった。
当時は第三次ラーメンブームの真っ只中。
新たなラーメン店が雨後の筍のように次々と現れ、ラーメン特番が視聴率を稼いでいた。
数店のラーメン屋が紹介される中、親父の店の紹介が始まった。
『ラーメンとは人生だ!』
七重の味の店めじろ
大西良明さんです!
勝俣さんのMCが入った。
僕は画面に食い入った。
些か緊張してる親父がTVに映った。
それは久しぶりに見る親父の顔だった。
親父の顔を見て、僕は拳をきつく握り込んだ。
この頃の僕には
親父に対して
怒りと憎しみしかなかったからだ
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1993年
秋
親父は僕が16になる直前に、家を出た。
「おれは《ラーメン屋》になる」
そう言い残して。
荷物をまとめ、朝日を浴びながら門扉を潜る親父の姿は、まるで某海賊漫画の主人公の様な、大きな夢を叶えるための出航の様だった。
しかし、子供の家出ならともかく【父親】が夢を叶えるために家を出たのだ。
ラーメン屋になるために
僕たち家族を残して
…to be continued➡︎
ラーメン屋である僕たちの物語
–1st season stories–
第2話
第3話
第4話
第5話
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第8話
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第10話
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第14話
第15話