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ラーメン屋である僕たちの物語1st 12


「少年の詩」 

前編







『パパ、ママ お早ようございます

今日は何から始めよう

テーブルの上のミルクこぼしたら

ママの声が聞こえてくるかな』





12月

あの鎌倉特集から2ヶ月が経った。

紅葉のシーズンから更にラーメンが美味しい季節を迎えた。

僕たちの店は新規のお客さんも、常連さんも少しずつ増えていた。 

おかげさまで、あの日から売上は緩やかながらも右肩上がりになっていた。

まだまだ気を抜ける状況ではないが、鼻っ柱を折られた僕は一日一日、一杯一杯を大切に、お客さんに向き合おうと心に決めていた。
(たまに挫けそうになるけど)

きちんと働けている実感を噛み締めながら
僕とTっさんは毎日クタクタになるまで働いた。

今までに味わったことのない充実感。

「NO」(否定)ではなく「YES」(承認)をいただける喜びは、僕たちのプラスの力になった。




『1.2.3.4 5つ数えて

バスケットシューズがはけたよ

ドアをあけても 何も見つからない

そこから遠くを ながめてるだけじゃ』




まだ漲る若さは、どんなに疲弊してもすぐに回復した。(羨ましい!)

だから、この頃は朝から晩までみっちり働いてから二人でよく呑みに行った。


ここまで読んでくれている皆さんの中では、Tっさんの印象はきっといいものだから、これを書くのは少々気が引けるが…





彼は



酒乱である




それも記憶を無くして人に絡む癖のある
それはそれは厄介なタイプの酒乱なのだ。

そんな僕らの呑みの場は、片や泣き上戸、片や絡み癖のある酒乱なので、当時一緒に呑みに行った常連さんに「地獄の様だった」と言われ、二度と飲みに行ってくれなかった。

お店に迷惑をかけ、出禁になったことも度々あった。(ほんとすいませんでした)

お互い歌うのも好きだったので、カラオケもよく行った。時間を忘れて朝までずっと歌っていた。





『別にグレてる訳じゃないんだ

ただこのままじゃ

いけないってことに

気付いただけさ』




この頃一緒に過ごしたTっさんとの時間は、仕事の関係を超えて楽しかった。

休日前夜は店の片付けを終えてから、2人で2〜3時間、バイクでナイトツーリングをしてから帰宅していた。

①宮ヶ瀬湖への真夜中のツーリングは
灯りひとつない、前もよく見えない山道の滑落の恐怖、いつガソリンが無くなるかわからない変なスリルに笑い合った。(真夜中の宮ヶ瀬湖は車も通らないし、電波も通っていなかった)

②箱根の下り坂、雨天で滑る路面で先行するTっさんがスリップし滑降、対向車線のバスの下にバイクもろとも潜ってしまったときは流石に慌てた。(救出後、無事だったので安心して爆笑した)

③二宮では、裏道で飲酒検問があった。
先行の僕はクリアしたが、後続のTっさんがなかなか来ない、少し先でバックミラー越しで状況確認していると
Tっさんがバイクから降ろされてパトカーに乗せられた。(一杯呑んでいたのだ)

車内での検査で規定値以下だったらしく、しばらくして戻ってきたTっさんは「ただ口が臭いだけで疑われた!失礼な奴らだ!」と憤っていたが、僕は緊張から解放されたのもあり腹を抱えて笑ってしまった。




『そして…』




Tっさんとは幼少期を含め、語り尽くせぬほど沢山の思い出があるが、この頃が2人の長い付き合いの仲で一番濃密な時間を過ごしていたかもしれない。

このまま、ずっと一緒に働いていけると思っていた。 

しかし、そんなある日





僕たちの関係を

一変させる出来事が起きる





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『僕やっぱり勇気が足りない

《I LOVE YOU》が言えない

言葉はいつでもクソッタレだけど

僕だってちゃんと考えてるんだ』




ある日のランチ営業後、ディナー営業の準備のため、Tっさんが大きな鍋に溜めた水をウォーターサーバーに移していた。

ひなどりは後会計システムで、入り口横にレジがあり、その右横にウォーターサーバーがあった。


スタッフがお冷を用意し、お客さんにサーブするシステムだった。 




「どうにもならない事なんて

どうにでもなっていい事

先生たちは僕を不安にするけど

それほど大切な言葉はなかった』




そのウォーターサーバーへ大鍋に溜めた水を注ぐ時、水が鍋肌側面から垂れて、レジにかかるのを、僕は目撃してしまった。



「やばい!レジがショートする!」



Tっさんは全然気づいていなかった。

今までも彼は「これ、なんで気づかないのかな?」という事が多かった。

そして今回もいつも通り気づいていなかったので


「Tっさん!なにやってんだよ!」


慌てて駆け寄り、Tっさんを鍋ごとどかした。


「レジ壊れちゃったじゃんかよ!」



何も反応しないレジのキーを叩く。



「ちゃんと見てやってくれよ!」



余計な出費に対して敏感になっていた僕は、
怒気を籠めてTっさんにぶつけてしまった。





『誰の事も恨んじゃいないよ

ただ大人たちに褒められるような

バカにはなりたくない』




すると、Tっさんは



「なんでそこまで言われなきゃなんないんですか!」



「なんでそこまで言われなきゃなんないんですか!」



そう叫び



「ガシャーン!」




鍋を放り投げ、店の奥に走った。


なにキレてんだよ!怒りたいのはこっちだよ!


逆ギレされたことに面を食らっていると、すぐにTっさんが戻ってきた。

僕は最初、目の前で何が起きているのかよくわからなかった…





『そして…』







Tっさんの目には


脂ぎった赤い炎が宿り


ブルブルと大きく震える手には


包丁が握られていた






そして、その切先は…




僕に向けられていた…








『ナイフを持って立ってた

そしてナイフを持って立ってた

そしてナイフを待って立ってた

ナイフを持って立ってた』







…to be continued➡︎


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