ラーメン屋である僕たちの物語3rd ⑥
青の火の
色無き風と
さらさらり
「FLOAT」
湿度を脱いだ風が、夏の終わりを町中にふれ回る。
蒸篭の中にいるような季節を越えて、蓋の抜けた空を見上げると、秋の色を帯び始めた。
気づけば無我夢中のまま、僕たちはまた一つ夏を駆け抜けていた。
「あれ」から3ヶ月が経とうとしていた。
2005年 9月末日
鎌倉麺や ひなどり
PM15:00
「よ〜し!
みんなお疲れさん!
ありがとう!」
外は涼しさを取り戻して来たとは言え、火を焚き、蒸気が満ちた狭い厨房はまだ蒸篭の様相だ。
今日も忙しいランチ営業を終えた仲間に、僕が労いの声をかけると、元気の良い声が返ってくる。
「お疲れさまです!」
「お疲れさまです♪」
僕の声かけに応えるKたち。
今日もニコニコと仕事に取り組んでいる。
「K!ウォーターサーバーの補充頼むよ!」
「はい♪わかりました♪」
Kは手際よく飲み水を準備し、サーバーへと移していく。
「K!ありがとう!」
「はい♪」
実は、あれから程なくして、Kとは良好な関係を築き始めていた。
もちろん、僕の情熱が影響を与え…!
たわけではない笑
Kのターニングポイントは、本当にシンプルな、しかしとても大切なことがきっかけだった。
ー2ヶ月前ー
「ありがとうございまーす!」
ランチ営業の終わり際、お客さんを見送った後、僕はいつも通りにKに『むらさき』の指示をした。
「K!15時になったから『むらさき』頼む!」
「はい。」
Kは未だ声にも顔にも表情が戻らなかった。
まあ、いい。それは彼の問題で、僕の問題ではない。
僕はお構いなしに熱を伝え続けていた。
そんなKが店の外の営業札を〈仕込み中〉に変えようとしたところ…
一組のお客さんの来店があった。
Kがその場で対応する。
僕は何も言わず、その様子をガラスドア越しに見守っていた。
すると…
「2名さま、ご来店です」
Kがお客さんをお通しした。
「いらっしゃいませ!」
僕は元気よくお客さんを迎えた。
注文をいただき、ラーメンを作り、食べ終えたお客さんを見送る。
「ありがとうございまーす!」
お客さんを見送り、僕はランチ営業の終了の声をかけ、Kに向かって言った。
「K!お疲れさん!
最後のお客さん通してくれて
ありがとうな!」
すると、Kはちょっと照れくさそうな顔をして
「…はい♪」
満面の笑顔を向けて大きく返事をした。
この出来事をきっかけにKは変わった。
今まで以上に元気よく、笑顔でお客さんだけではなく、僕やアルバイトスタッフへも接するようになった。
そして、心なしか、少しずつ言葉や所作に「心」を感じられる様にもなった。
「ありがとう」
その一言で、こんなに人は変わることができるのかと驚くと同時に、僕自身も感謝の言葉が足りていなかったのではと反省する出来事だった。
さて、そんな中、もう一つ大きな変化があった。
「店長!
メンマの仕込み教えてください!」
耳馴染みのない、元気の良い声が厨房に響く。
「オッケー、G!メンマの在庫が倉庫にあるから2つ持って来てくれ!」
「はい!」
Gの入店である。
勤めていた居酒屋を辞めて、この9月から正スタッフとして「ひなどり」に入ったのだ。
僕はGの元気の良さや飲食経験者としての経歴を買っていたので、大いに歓迎した。
これでチームがもっと強くなる。
ワクワクと期待が高まった。
「…でこうして、…こうして、こうやって仕込むんだよ。一袋は俺がやったから、もう一つはGやってみ!」
「はい!」
Gは素直に仕事に取り掛かった。
そして、このGの入店が思いもよらぬ変化をもたらした。
「Gくん!おれも見てるから、やってみよう!頑張って♪」
KがニコニコとGに声をかける。
これは僕も大変驚かされたのだが
Kは【後輩の面倒見が良い】という意外な一面を見せ始めたのだ。
「ありがとう!Kくん!」
「うん♪」
同学年であるという共通項から、すぐに仲良くなれた2人は、とても楽しそうに仕事に取り組んでいた。
そしてもう一つ、Kに大きな変化が起きた。
9月某日
21:30
「よし!
今日も一日お疲れ様!
ありがとう!」
1日の仕事が終わり、僕はお酒が好きだというGに声をかけた。
「G!このあと軽く飲みに行かないか?」
「はい!あまり遅くならない程度にお願いします!笑」
酒好きなGは誘いやすかった。
「…Kは、どうする?」
過去『仕事の話になるなら行かない』と断られてから、僕はKを飲みの席に誘うことはなかったが、目の前でGだけ声をかけてKにはかけないというわけには流石にいかない。
僕はダメ元でKを誘った。
すると、Kから意外な返事が返ってきた。
「はい♪
一杯くらいならお付き合いします♪」
「お、おお!?そ、そうか!じゃあ、じゃあ3人で行こうか!」
「はい♪」
予想外のKの返事に面を食らってしまった僕は、動揺を隠せなかったが嬉しかった。
「よし!じゃあ行こうかー!」
その後、夜の鎌倉に繰り出し、それぞれのことや、これからの「ひなどり」について熱く語りあった。
僕は言葉にできない充実感に満ちていた。
Kの変化、Gの入店が全て良い方向へ走り始めていたと思っていた。
しかし、この時期を最期に「ひなどり」が瓦解していくことになることを、この時の僕はまだ知る由もなかった…
…to be continued➡︎
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