ラーメン屋である僕たちの物語2nd ⑤
「青い影」
ズッ
ズズッ
ズズズーッ
ランチ営業後のひなどりのカウンター席で
1人の男がラーメンを食べている。
レンゲの持ち方、麺の啜り方、スープの味わい方など、その所作の一つ一つが、この男が只者ではないことを物語る。
その様子を僕とTっさんは緊張した面持ちで見守っていた。
僕たちの傍にはモニターがあり、大きなカメラが捉えた男の顔を映し出していた。
照明やマイクを持った男たちが、その男を囲んでいる。
ゴクッ
ゴクッ
コトッ
男はラーメンを食べ終わると、静かに丼を置いた。
ゴクリ…
僕は固唾を呑みながら男を見ていた。
顔を上げた男の目が、僕を見据える。
僕はその迫力に呑まれ、しばらく動けなかった。
その男は
「七重の味の店めじろ」
店主
大西良明
僕の親父だ。
親父が
僕のら〜めんを食べに来ていた
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2004年9月
−事故の約1ヶ月前–
いまだ夏の喧騒と暑さの名残りが香る、古都鎌倉。
「Tっさ〜ん、バイトちゃ〜ん、お疲れ様〜、まだまだ暑いね〜」
僕は草臥れた声で戦友たちとお互いを労った。
今日もそれなりに忙しいランチ営業だった。
お腹を空かせて、賄いの準備をしているところに、一本の電話がかかってきた。
『Trrrrrrrrrr!』
『Trrrrrrrrrr!』
「はい!ら〜めん専門ひなどりです!」
大きな声で受話器を取る僕。
お客さんには『元気』であることはずっと心掛けていた。
受話器の向こうから、事務的な女性の声が聞こえてきた。
「お世話になっております。こちら○○○テレビのニュース○○○制作部の○○と申します。取材のお願いでお電話しました。店長さんいらっしゃいますか?」
「…!」
「もしもし?」
「私が店主の大西と申します!」
平然を装い受け答えしたが、この時、本心では
『TV!きー(*≧∀≦*)たー!』
めちゃくちゃ興奮していたw
当時はまだ〈メディアの王者〉と言えばTV!
最大の追い風キタ!
「はい!…はい!」
興奮して話がよく入ってこなかったが、なんでも夕方のニュース番組の特集でひなどりを取り上げたいとのことだった。
「是非!よろしくお願いします!」
僕は二つ返事で応えた。
受話器を置き、僕は洗い物をしているTっさんに振り返って意気揚々と声をかけた。
「Tっさ〜ん!きたよきたよ!TV取材!」
「お!ほんとですか!やりましたな!」
「夕方のニュース番組の特集コーナーでだって!これは反響デカいんじゃないか〜!」
「ですね!益々忙しくなるなら、もう1人社員がほしいところですな!」
そうなのだ。
ら〜めんひなどりはお陰様で、緩やかではあるがお客さんも増え、売り上げも増えていた。
ホールスタッフとして、アルバイトは1人いたが、そろそろ仕込みもできる戦力が欲しいところではあった。
「そうだね!ちょっと心当たりもあるから声かけてみるよ」
2人とも20代半ばで体力はあるとはいえ、この頃は16時間勤務なんてザラだったのだ。
僕たちも先を見据えて人を確保しなくてはならない。
「まあ、とりあえず、取材を楽しみましょ!」
Tっさんが僕を気遣って言う。
「うん、なんにせよこの店で初めてのTV取材だから楽しんでいこう!」
「で、どんな内容なんですか?」
「…あ、詳しく聞いてなかった笑」
僕たちはその後、どんな取材になるのだろうと、一日盛り上がっていた。
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–数日後–
先方より改めて取材の打ち合わせの電話があり、段取りの確認をした。
内容はこうだ。
①
夕方のニュース番組の特集コーナーで
5分ほどの尺であること
②
取材には丸2日密着すること
そして…
③
親父を呼んで欲しい
ということだった。
①、②はいい。
大丈夫。OKだ。何も問題はない。
問題は③だ。
僕たち親子が、それぞれラーメン屋を営んでいることを知ったディレクターからの要望だった。
『親父を呼べってか?』
かつての蟠りは解けている、とは言え…
『緊張するじゃんか!』
僕は片付けをしながらブツブツと独りごちていた。
Tっさんが怪訝そうな顔でチラチラと僕を見ていた。
『でも、それでも…』
『…呼んでみるか』
僕は腹を決めた。
「Tっさん!先方の要望通り、親父呼んでみるわ!」
Tっさんが驚きながら、気まずそうな顔をして言った。
「おお、それは緊張しますな!店長はこの前、親父さんに会いましたけど、私はめじろ退職してから会ってませんので」
「そう言えばそうだね笑」
ひなどり開店から一年半、毎日お客さんに「自分を食べてもらって」いた。
そのプレッシャーは開店当初の逃げ出したくなるほどのものに比べたら軽くなっていたが、やはり、自分にとって巨大な存在に自分を試されることは、怖かった。
でも、それでも…
「親父は僕のら〜めんをなんて言うのだろう?」
それを知りたかった。
怖さの中に期待の欠片を忍ばせて、僕たちは取材の日を待った。
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2004年9月末
取材当日1日目
「はい!OKですー」
「次は物撮りお願いしますー」
「そのあとは大西さんのインタビューお願いしますー」
7坪の店内は大きな機材を持った数人の男たちで、ラーメン屋なのに鮨詰め状態だった。
朝の仕込みから、営業風景、片付けまで、撮影は滞りなく進んでいた。
打ち合わせをする中で、僕がめじろ修行時代から毎日つけていた「味の日記」も紹介させてほしいと要望があった。
まさかネタにされるとは思わずにつけていたり「味の日記」が、こんな形で白日の元に晒されることになるとは…まじ恥ずかしい。
インタビューでは、若干25歳で独立した若きラーメン店主が、どのような経緯で開業したのかを中心に取り上げられた。
僕は馬鹿正直に、めじろに入り〜飛び出すところまで話したので、親父のむちゃくちゃな話ばかりになってしまった。
(放送後、おふくろから「あれじゃお父さん、あんまりに可哀想よ」と物言いがついた笑)
1日目はひなどりのラーメン屋開業インタビューなどが中心の内容だった。
僕の苦悩や小さな成功体験など、わかりやすくまとめてくれた。
そして2日目…
いよいよ、親父が「ら〜めん専門ひなどり」にやってくるのだ。
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2004年9月末
取材当日2日目
想像していたよりも緊張はなかった。
むしろ、親父が来ることが楽しみにさえ感じていた。
ランチ営業ギリギリに親父はやってくる約束になっている。
時計はそろそろ15時になる。
もうすぐかな。
「お父様、見えました!」
ディレクターから合図が入った。
大きなカメラが回り始める。
僕はキッチンからガラス張りの扉を見つめていた。
ほんの少し、胸の鼓動が早くなった。
グィッ
扉が開き、夏の名残の匂いと共に親父がひなどりに入ってきた。
とても奇妙な感覚だった。
親父が、僕が待つ店にやってきたのだ。
いつもと逆転した立ち位置に、なぜだか妙に嬉しくて、胸に迫るものがあった。
おっと!泣くな!
テレビの格好の餌食になるぞ。
僕は揺らぎ溢れそうな感情を噛み殺して、親父に挨拶した。
「いらっしゃい」
思うほど大きな声が出なくて自分でも驚いた。
「扉、どうしたんだ?」
これが親父の第一声。
僕は少々面を食らってしまった。
「ああ、今日いきなりドアノブが外れちゃってさ」
その日のランチ営業時、お客さんが扉を開けようとしたところ
「スポーン!」とドアノブが外れてしまったのだ。
すぐに直そうとしたが、ノブはネジ山が完全に隠されたタイプで、器具も知識もない僕たちでは固定のしようがなかった。
仕方がないので、応急処置として、体裁が悪いが「紐」で開けられるようにしたのだ。
その様子は放送時にもバッチリ映ってしまっていた。
「全く、困っちゃうよ笑」
僕は早くなる胸の鼓動を誤魔化しながら、口数が増えていく自分を抑えていた。
「じゃあ、早速ラーメンの方を…」
ディレクターが急かす。
「はい!わかりました!」
僕は緊張を隠すために、すぐにら〜めん作りに取り掛かった。
一年半、毎日ずっとお客さんに作っているのだ。
慣れた手捌きでサッサッと一杯のら〜めんを作っていく。
僕が親父にら〜めんを作るのは初めてではない。
めじろでは食べてもらっていた。
それは「親父の味」を僕が指示通りに仕上げていたものだ。
でも、今日は「僕の味」を親父に食べてもらうのだ。
「僕の味」を…
ズン…
急に巨大なプレッシャーに襲われた。
ブルブル…
レードルを持つ手先が震える。
頭がぼぅっとしてきた。
あれ?
タレや脂の量ってこれが適正かな?
スープは減らした方が旨味がわかりやすいかも…
麺の茹で時間は短くした方がいいかな…
一杯のら〜めんを作っている最中に、騒々しいノイズが僕の頭を駆け巡る。
いつも通りの一杯を食べてもらいたいのに、
「うまくやってやろう」と邪念が入ってしまう。
「お待たせしました!」
コトッ
邪念と闘いながら、親父に「僕の味」を差し出した。
カメラが僕たち親子の顔を打ち抜く。
親父が僕のら〜めんを覗き込み、
「では、いただきます」
僕の顔を見ないで言った。
ズズッ
ズッ
ズズーッ
ズッズズッー
僕たちもディレクターたちも、親父の食べっぷりに見入っていた。
店内には親父のらーめんを啜る音だけが響く中、僕の心はざわついていた。
白状すると、僕は…邪念に負けた。
「褒められたい」
「認められたい」
そんな欲目が湧き起こり、いつも通りの僕の味ではない一杯を仕上げてしまった。
僕の迷いの入ったら〜めんを食べている親父を見つめながら、僕の心には後悔の念がさざなみ立っていた。
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ゴクッ
ゴクッ
コトッ
僕たちが固唾を飲んで見守る中、ら〜めんを食べ終わった親父が丼を静かにカウンターに置いた
僕は緊張のあまり親父から目が離せず、言葉も出せないままでいた。
「感想!感想聞いてください!」
ディレクターが小声で僕に合図を出した。
ああ、そうだった
「親父、どうだった?」
僕は勇気を出して、白々しく尋ねた。
もしかしたら、という気持ちもあった。
励みになる一言でももらえたらと言う期待もあった。
しかし、
「おれは猫舌なんだよ」
「ごちそうさま」
そう言うと、親父は席を立ち、店を出て行ってしまった。
カメラが慌てて親父を追いかけるが、親父はそのまま帰ってしまった。
僕は親父に声をかけられぬまま、ただ親父の背中が扉の向こうに消えていくのを見ていることしかできなかった。
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「次は特集です」
「若きラーメン店主の奮闘に密着しました…」
後日、夕方のニュース番組で5分もの間「ひなどり」を紹介してくれた。
その反響は大きく、小さな店は連日、沢山のお客さんでごった返した。
しかし、しばらく続く盛業の最中、僕の心は晴れないままだった。
「あの時、なぜいつも通りの自分をぶつけられなかったのか」
そのことばかりをずっと後悔していた。
真っ向からぶつかって、それでも親父にコテンパンにされたのならまだ納得できた。
余計な色気を出したばっかりに、かえって気持ちを燻らせる結果になってしまった。
きっと親父には全て見透かされていたのだろう。
自分はやっぱりまだまだ『ひなどり』だった
こうして、初めてのTV取材は、自分の弱さ、未熟さを改めて親父に教えられた、忘れられない出来事となったのだった。
to be continued➡︎
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