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ラーメン屋である僕たちの物語3rd 13




「WATER BOYS 2」








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前話「WATER BOYS」はこちら




KとGとジェーンの《捩れた三角関係》の煽りを受け、まともに店が回らなくなってしまった「鎌倉麺や ひなどり」



関係発覚から数日経ったが、KとGは仕事中にも関わらず口も聞かない状況が続いていた。



その度に、僕に叱り倒されていた2人だったのだが…



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2006年



5月中旬



AM10:00






ブロロロロロロロ…





ギィッ




ガチャガチャ





「…ハァ…」




駐輪場に原付を停めた僕は、ヘルメットを脱ぐと同時に深いため息をついた。



登校拒否の中学生の様な気持ちをズルズルと引きずりながら、重い足取りで店に向かう。



今日も蛇がお互いを食い合う様な彼らの情念が渦巻いた、僕の店に行かなくてはいけない。





《店に行きたくない》



そんな風に思うのは初めての経験だった。



僕はしがみつく重い気持ちを引きずって、朝のルーチーン(両替)をこなしながら、ここ数日の2人の関係について考えていた。




…Kとジェーンの関係は、別に問題ない。




会ったその日に意気投合して、付き合うのも一つの出逢い。そんな恋愛、誰だっていくつか心当たりがあるだろう。



好きにしたらいいし、むしろ応援したいくらいだ。




困ったのはGだ。




以前、ジェーンと男女の関係だったなんてことは、今更どうでもいい。



未練があり、復縁を迫っていたなんてことも、どうでもいい。



しかし、付き合い始めたKとジェーンに対して悋気の炎を燃やし、拗らせてしまったのが問題だ。




その飛び火が、ひなどりの運営に支障をきたしてしまった。




あれから数日間、2人は相変わらず不機嫌を店中に撒き散らしていた。



その汚染された空気を吸った僕も、更に濃縮された不機嫌を吐き出した。



仕込み中も営業中も、すなわち終日、店には路地裏のドブ川のような空気が満ちていた。



7坪の小さな箱は、負のエネルギーの永久機関と化した。



僕らにとっても、お客さんにとっても最悪の環境だった。




「ハァ…、Gの嫉妬心には困ったもんだな…」



大きく口を開けた銀行のATMに、昨日の売上金を飲み込ませると、僕もまた溜息と共にそう吐き出した。




そして、釣銭を小さなポーチにパンパンに詰めた僕は、解決策を何も用意できないまま、重い足取りで「ひなどり」に向かった。











同日



AM10:20



鎌倉麺や ひなどり






「おはよう!」




淀んだ空気を少しでも入れ替えるために、毎朝僕は大きく扉を開けて、空元気の挨拶をしていた。



『空元気でも元気』



少しでも悪い気を散らしたかった。




「…おはようございまぁす」




しかしKは、そんな僕の気持ちなど露知らず、相変わらず淀んだ響きを返す。






「…ん?」



帰ってくる挨拶が一つしかないことに気づいた僕は、店内を見渡した。




「あれ?Gは?」




目の前の東急ストアに、何か買い出しにでも行っているのか?そう思ってKに尋ねたのだが




「…まだ来てませぇん」




Kが淡々とした口調で答えると、僕の頭に一気に血が上った。




「はぁ!?あいつ!また遅刻かよ!」




入社以来、Gの遅刻、欠勤癖は未だ改善されていなかった。



そしてこの日は、僕の出勤時にすら来ていなかった。 



少しでも悪い空気を入れ替えたかった僕の心に、たちまち厚い真っ黒な雷雲が立ち込めた。



この負の空気の元凶でありながら、大遅刻だと?…ありえない。




時計はそろそろ10:30を差す。




開店時刻まで後30分だ。



僕はテーブル席のベンチに、乱暴にカバンを置き、レジに準備するための両替金のポーチを取り出した。




我々がどんなコンディションであれ、お客さんはひなどりのラーメンを楽しみにやってきてくれる。



その期待に応えるために、開店の準備を進めなくてはいけない。




僕は沸々と沸き起こる怒りを抑え込みながらも、開店の準備に取り掛かった。



と、その時、





「すみません!おはようございます!」





勢いよく扉が開き、息を切らせたGが店に飛び込んできた。




「ハァハァ…、店長、すみません…ハァハァ」





急いで走ってきたのだろう。




Gは肩で息をしながら、両膝に手をついて謝罪の言葉を口にした。



僕はGを一瞥すると、返事もしないまま黙々と開店の準備を続けた。



最近のGの勤務態度に不満を募らせている僕は、彼を無視したのだ。




「ハァハァ…すみません…」



Gは額に滲む汗を袖で拭き、謝罪の言葉を繰り返しながら、店の奥まで進むとタイムカードを押して着替え始めた。





その様子を視界の隅で気にしていた僕は、KとGが今日もまた挨拶すら交わさないことに、堪忍袋の緒が切れた。





ブンッ!




僕は釣り銭がパンパンに詰まったポーチを、力いっぱいに壁に投げつけた。





ドン!





重い小銭の塊は、鈍い音を響かせてカウンター横面の石膏ボードの壁に大きな穴を開けた。





僕はワナワナと怒りに震えながら、声を振り絞った。




「…G。…帰れ」



「はい?」






「帰れって言ってるんだ!」





激しい土石流のように押し寄せる大きな怒りを、僕はもう抑えられなかった。



このままのGと一緒に働くことはできない。



…しかし、Gがいないと困るのも事実だった。




《…おい》


《「渦」の開店までもう日がないぞ》




暴れ出す怒りの中に、僕を見下ろす僕が言う。




この期に及んでなお、打算的な考えが浮かぶ自分にまた怒りが湧いたが…




《わかってる》



《この「帰れ」はGを試してるんだよ》



「めじろ」修行時代、未熟な僕も親父にそうやって叱られたことがあったが、自分に責任があることはわかっていたので、頑として帰らず「やらせてください」と粘ったものだ。



そうやって、責任感や使命感や根性が育っていった自覚があった。




だからGも、ここで食らいついてくれば必ず変わるはずだ。



そう期待して投げつけた言葉だったのだが…





「…わかりました、帰ります…


……K君、ごめんな…」




Gは項垂れながらKにそう言うと、荷物をまとめ、帰り支度を始めた。





《…おい》



《あいつ本当に帰ってしまう様だぞ》




僕は目の前を通り過ぎるGに声もかけられず、ただ肩を落として出ていくその姿を見送ることしかできなかった。





あんな風に啖呵を切った手前、僕には呼び止めることなど意地でもできなかった。



まさか、本当に帰ってしまうとは。



僕の目論見は、まんまと外れてしまったのだ。




そしてGはこの日を最後に、二度と姿を現すことはなかった。







「麺やBar渦」開店まで




2週間を切っていた











Gが去ってからの「ひなどり」はシフト制が崩れ、終日、僕とKとバイトちゃんで営業していた。




いま思えば、券売機を導入すれば「ひなどり」はツーオペでやれたのだが、レジにおいての『コミュニケーションポイント』に拘った僕に、その選択肢は浮かばなかった。経営者として甘かった。



店舗運営にギリギリの人手になってしまったが、「麺やBar渦」開店はもう目前だったので、僕は「ひなどり」の営業後に「渦」の開店準備を進めなくてはいけなかった。


鎌倉で片付けを終えたら
急いで本鵠沼に戻り
朝方まで渦の準備していた
必死だった




この数日間は、朝起きてから翌朝寝るまで、ずっと働いていた。



そして2ヶ月ほど前から、週に一度の定休日には「渦」のラーメンの試作も続けていた。



「ひなどり」と差別化するために
「渦」のラーメンはなんと
鶏白湯ラーメンにする予定だった
知らなかったでしょ?




こんな状況なのだから、今振り返れば開店日を遅らせるべきだったのかもしれない。



しかし、当初の計画では前年の秋にオープン予定だったものを半年以上伸ばしたのだ。




「渦」の家賃は住宅ローンの返済に丸ごと充てる計画だったので、これ以上の延期はできなかった。



母も友人の割烹屋に料理を習いに行ったり、僕と共に働く準備を進めていてくれたので、その想いも汲むと、とにかく決行するしかなかった。



ただ、営業時間は母と相談し、当面の間は「ひなどり」は昼のみの営業に変更、「麺やBar渦」は最初は夜のみの営業にし、再び人員補充がされ次第、両店ともに昼夜営業にしようということになった。





人手はギリギリだったが、夢を乗せた列車は走り続けている。




僕は不確かな《希望》という小さな小さな切符を力いっぱい握りしめて、次の停車場である「6/1」を目指していた…






「麺やBar渦」開店まで




あと10日











5月下旬



鎌倉麺や ひなどり




さて、悋気の火元がなくなったことで、「ひなどり」の空気は綺麗に浄化されるかと思いきや…






「いらっしゃいませ!」




「…いらっしゃーせー」





「ありがとうございます!」




「…あざーすー」




KはGがいなくなっても、相変わらずいい加減な挨拶を繰り返していた。



不機嫌に、面倒くさそうに仕事をするKに僕の苛立ちも相変わらず増していた。




トラブルの元であるGがいないのに、Kの勤務態度は直らなかった。




その理由には、僕もすこし心当たりがあった。










–約1週間前–




鎌倉麺や ひなどり



ランチ営業後




今日のランチ営業も沢山のお客さんで賑わった。



いや、いい加減な挨拶と、ほぼ沈黙のスタッフたちのお店で「賑わう」という表現はおかしいか。



とにかく、沢山のお客さんにご来店いただいたのだが、店の空気感は雷雲が立ち込た様にピリピリと張り詰めていた。



スタッフ全員の苛立ちが、きっとお客さんに伝わってしまっていたはずだ。



良い営業になるわけがない。



そんな日々を過ごし、また今日も変わらぬ環境に僕の苛立ちも限界に達しようとしていた。



営業後の洗い物や仕込みの準備をする中で、KとGは会話はおろか無視し合っている。



僕にとっては大迷惑な巻き込まれ事故にあった気しかしなかった。



大きくなる被害者妄想の中で、僕は叫んだ。




「…いい加減にしろよ!」




「たかだか女のことで歪み合ってんじゃねえよ!」



僕は目の前のまな板を強く叩いて、そう言い放った。



二人は僕を一瞥したが何も言わず、すぐに目線を逸らして元の作業に戻った。



子供の頃、マイナス×マイナスはプラスになると学校で教わったが、こと人間関係には当てはまらない様だ。



それともマイナスを3つ掛け合わせるから、再びマイナスになってしまうのか。



しかし、僕がこの一言を放ったその日から、明らかにKの僕に対する態度が悪化した。




そして、膨らみ続ける負のエネルギーは、これまで築いてきた全てを消し飛ばす。










鎌倉麺や ひなどり



夜営業後




今日も1日の営業がやっと終わり、僕たちは片付けを済ませようとしていた。



僕はこの後「渦」へ行き、朝まで開店準備を進めなくてはいけない。




疲れている暇もなかった。



僕とKは一言も言葉を交わさず、ただ黙々と片付けを進めていると、



「お疲れちゃ〜ん!」



突然、高校時代の友人のMさんがビールの差し入れを携えてやってきた。



「おお〜!Mさん!ありがとう〜!」



真夜中の海で漂流しているような気持ちの中にやってきた救いの船に、僕は飛びついた。



Mさんは平塚学園からの友人で、高校卒業後もTっさんも含めたメンバーでよく集まり、朝まで飲み明かす様な仲だった。



「近くまで来たから、景気付けに来たよ!二号店の開店準備大変でしょ?」



「ありがとう〜!」



僕は片付けの手を止めて、しばらくMさんとテーブル席で談笑した。



久しぶりの息抜きだった。



Mさんと談笑中、ふと未洗浄の寸胴のことを思い出した。



夜営業後に洗おうと、五徳の上に蓋をして置いてあったのだ。



これを洗い忘れてはいけないと思い、僕はKに声をかけた。



「そうだ、K!あの寸胴洗っておいて!」



Kは片付けの手を止めると、僕の方も見ずにこう言った。



「…やりましたが、なにか?」



そう言うと、洗い物に向き直り再び黙々と片付けを続けた。



Kの一言を聞いたMさんは訝しげな顔をして僕を見てきたので、僕はMさんに首を横に振ってみせた。





その内心は、黒い雷雲の中を巨大な龍が蠢いていた。









「じゃあ、そろそろ行くわ!芳実頑張って!」



Mさんは時計に目をやると、席を立った。



「ありがとう!頑張るよ!また遊びにきてよ!」



Mさんと握手を交わし、僕は彼を見送った。



Mさんを見送りキッチンに戻ると、片付けはほぼ終わっていた。



「おお、Kありがとう」



片付けを終えたKに感謝を伝えたが、Kは僕を無視して帰り支度を始めていた。




その姿を見て、僕の中で一本の線が切れた。




「…K、もういいや」




「お前も辞めろ」



帰り支度中の背中にそう声をかけると、Kは一瞬驚いた表情を見せたかと思うと、すぐに横を向き「フッ」と鼻で笑った。



そして、




「お世話になりました!」




怒気を籠めてそう言いながら、カバンを背負い足早に出ていった。







《あーあ》





Kの去った店内で、僕はただ呆然と天井を見つめていた。







全て順調だった。



夢の実現までもう少しだった。



もう少しのところで、僕は一人になった。








麺やBar渦開店まで





あと5日だった








…to be continued➡︎




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