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ラーメン屋である僕たちの物語1st ⑨


「SO YOUNG」

前編







「なんでなんだ!」




「なんでこんなに違うんだ!」




「全く同じように作ってるのに!」








煉瓦造り風の外観

通りに面した大きなガラス窓

まだ木の香りの残る客席

ピカピカのステンレスフード

油の酸化した匂いなど染み付いてない厨房

期待と希望に満ちた新店舗に似合わぬ悲鳴…


開店を4日後に控え、1回目のスープの試作をしていた僕は狼狽えていた。


Tっさんが心配そうに僕を見る。

時計は深夜1時を回っていた。



「くそっ!何かが違うから違うものになってるはずなのに!何が違うんだ!?」



めじろと同じサイズの寸胴を用意し、同じ量の材料を使い、同じ量の水を張って、同じように火入れしたのに、出来上がったスープはコクも旨味も香りも弱い、薄っぺらいスープだった。


今なら水が違う、寸胴の鋼材が違う、火加減が違う、肉屋が変わったからそもそも素材が違う、など原因はすぐにいくつも思いつくが、この時の僕にはわからなかった。


根拠なき万能感に支配されていたこの頃の僕は、ラーメンや料理についての勉強はおろか、他店へのリサーチや食べ歩きもほとんどしていなかった。



「めじろ」が僕の世界の全てだった



しかもあの親父は技術を説明できない。

なぜあの味になるのか僕は理由を知らない。


僕はめじろの「あのら〜めん」しか作れない、技術も知識も狭小な人間だった。



だから環境が変わると適応できなかった。


「くそっ!とにかく、これは捨てて、もう一度仕込み直すしかない!」



当時の僕は手直しや修正もできなかった。
親父が言っていた正真正銘の「アマチュア」だった。


かと言って、今更親父に助けを乞うなんて意地でもしたくない。


48cm寸胴いっぱいに取った出汁を手鍋で掬い、グレーチングに流す。


泣く泣くなんて気持ちよりも、早く次の仕込みをしなくてはと焦っていた。


洗った寸胴に水を張り、ゲンコツをアク抜きして、鶏ガラを掃除する…


それから開店日までは、店に泊まり込んで試作を続けた。


開店前日の朝、道路に面した大きな窓に設えたブラインドの隙間から陽が差してきた。


ぼくもTっさんもクタクタだった。


明日は開店日なのに。すでに満身創痍だった。


肝心のスープは、何度作り直してもめじろの味には遠く及ばなかった。


試食会やプレオープンを催すという時間も頭もなかった。


「これで行くしかない…明日開店しなくちゃ…」


僕はへたり込み、両手で顔を覆いながら呟いた。


疲弊しきった頭では、公言したリミットを守ることしか思い浮かばなかった…










2003年3月1日

「ら〜めん専門ひなどり」

開店




僕の初めての店


キラキラと輝かしい未来を描いた夢の独立


漲る若さだけが武器だった青い季節


しかし、その晴れやかな門出を迎えた日は、この先の運命を象徴するかのような




暴風雨だった





僕は、人生の節目節目の日は必ずと言っていいほど、雨が多い。
幼稚園や小学校の入園学式も雨、成人式は何年振りかのドカ雪だったし、この日は暴風雨だった。


それでも開店を聞きつけて、何時間も前から待ってくれているお客さんがいた。



「おはようございます!」

「ら〜めん専門 ひなどり!
開店します!」


(「ひなどり」という名前は、親父に「ひよっこ」と叱られたことを思い出し、「めじろの雛だから、ひなどりだな」と、「未熟者」という意味で自分を戒めるために付けた。「めじろ」基準で考えてる発想も情けないし、食肉業界で「ひなどり」と言えば、ブロイラーを指す言葉だと知るのはずーっと後だった。いやあ、お恥ずかしい。)


初めての扉を開け、お客さんに精一杯気を張った挨拶をし、店内へ案内する。


僕は颯爽と厨房に戻り、注文を聞き、調理に入る。


しかし、本心はこの場からすぐに逃げたかった。



自分の味に自信がないのに

自分自身をお客さんに食べさせるのが

怖かった。




めじろでは感じられなかった感覚だった。


こんなにも「自分の一杯」を人に食べさせるのが怖いとは思わなかった。


その後も大嵐の中、お祝いに駆けつけてくれた人、地元鎌倉の人、商店街や鎌倉東急ストアの人など、沢山の人が来てくれたが…


初日は味もオペレーションも、その日の空と同じようにグチャグチャだった。

恥ずかしさで、僕はお客さんの顔もまともに見れなかった。



翌日も、翌々日も、1週間後も味の向上はなかなか進まないまま、






僕の心は




「最悪の方向」へ走っていくのだった。






…to be continued➡︎






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