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ラーメン屋である僕たちの物語2nd ②

「Take the Long Road and Walk It」







衝突から、地面に叩きつけられるまで、おそらく1秒もなかったろう。




僕は砂粒の様に砕かれた1秒の中を、見えない力によって宙へ投げ飛ばされ、空を掻きながら、背中からアスファルトに叩きつけられた。







ドスン








目の前にはただ、高く四角い青だけがあった。





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緩慢な時間の流れが突如戻り、車のクラクションの音が、僕の静寂の世界を引き裂いた。






〈事故に遭ったな〉







僕は自分に起きたことを、不思議と客観的に捉えていた。







〈おい〉






〈生きてるか?〉





…うん。






〈生きてるか?〉





大丈夫、生きてる。






〈怪我してるか?〉





大丈夫。


どこも痛くない。






〈身体は動かせるか?〉





うん。



大丈夫。





…いや、違う




強く背中を打ったせいか、呼吸が…できない。




…!




…!



いくら



…!



呼吸を



…!


しようと

…!



しても


…!

肺が


…!



…!

かな

…!






やばい!


死ぬ!


死んじまう!















僕は必死に自分の胸を叩いた。



吸え!

吐け!

息をしろ!

死ぬぞ! 



















肺は一向に反応しない。




















肋骨が折れるほどに、強く、強く、今にも閉じてしまいそうな命の扉を叩き続けた。




…っはぁっ!!!




肺が動いた!



ハァッハァッハァッ


呼吸ができる。

はぁっはぁっ


良かった。

ハァハァ


呼吸ができる。

はぁーはぁー


危なかった。

はぁー








『大丈夫かー!?』



『救急車!救急車!』




遠くで人の声が聞こえる。


息ができるようになった安堵からか、再び周りに意識が向いていく。



僕は道路の真ん中で寝そべっているのも危ないと思い、ゆっくりと上半身を起こした。



『動かないで!』


『今、救急車来るから!』



交差点付近の商店の人なのか、事故から数秒しか経っていないのに僕に駆け寄り声をかけてくれる。



僕は言われるがままに地べたに座ったまま、救急車を待った。




「どうもすいません」





衝突した車のドライバーらしき60代前後の男性が、目の前で中腰になりながら言った。








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けたたましいサイレンと共に一台の救急車が目前に止まった。



救急隊員がぞろぞろ降りてきて僕を担架に乗せようとする。



「だ、大丈夫、歩けます」




僕は隊員たちの手を借りながら、自ら歩いて救急車に乗り、担架に横になった。



救急車が走り出す。




『お名前言えますかー?』



『生年月日を教えてくださーい』




意識ははっきりしていたので、僕は滞りなく返した。



そして、こんなに沢山の人達が僕のために動いてくれていることに罪悪感を抱いてしまった。



「なんか、すいません」



僕は隊員に謝った。



『大丈夫ですよー、もうすぐ着きますからねー』



救急車に乗せられて3分も経たずに、藤沢市民病院に着いた。



担架で運ばれてベッドに移される。



複数の看護師が慌ただしく駆け寄ってきて手当してくれた。



僕は自分の不注意で事故に遭ったのにと、申し訳なさでいっぱいだった。



『レントゲン撮りますからねー』



『服脱がしちゃっていいかなー』



数人で僕の服を脱がそうとするが、厚着をしていたため苦戦していた。



『服切っちゃってもいいー?』



僕はギョッとして



「いや、脱ぎます。脱ぎます。」



と言って自ら上半身裸になった。




それからレントゲンを撮られて、医師の診断を受けた。



幸いにも意識もハッキリしており、骨折などなく、手足の打撲、首のムチウチだけで済んだようだった。



それでもこの後、事故の後遺症が出てくるかもしれないから今日は自宅で安静にしてるように、何か異変があったらすぐ連絡するようにと言われた。



診察が終わり、待合室で待っていると看護士が一人近づいてきて言った。





『今日お金持ってる?
7万円くらいなんだけど』


























僕はびっくりして大声を出してしまった。



支払いはとりあえず後日、保険会社とやりとりするということになり、僕は病院を出た。





外は爽やかな秋の風が吹く気持ちの良い天気だった。


時計を見ると時刻はそろそろ10時になろうとしていた。



「今日の営業、できないよなあ…」



店のことを考えていて急に思い出した。



あ!Tっさんに連絡しなきゃ!



きっと僕が店に来ないことを心配(ブチギレ)してるだろう。


ケータイから店に電話をしてTっさんに事情を話した。




「…ということだから、臨時休業の張り紙しておいて」



「うん、うん、ありがとう。また連絡するよ」




出勤時間になっても、仕込みしてても、僕と連絡が取れず逡巡していたらしい。



良かった。ブチギレてはいなかった笑



次は仕事中のお袋のケータイに電話をかけた。




「いや、実は事故に遭っちゃって…」




お袋はひどく心配していたけれど、一応大丈夫だからと念を押して電話を切った。




「あーあ、やっちゃったなあ」





高く澄み渡る空を見上げて、僕はポツリと呟いた。





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さて、家に帰るにも、どうしたものか。



ぽっかり膨大な時間ができてしまった僕は、途方にくれていた。



安心して腹も減ったし、ラーメンでも食べてから帰るか。



そう思って、市民病院から歩いて5分ほどの白旗交差点近くにあったラーメン店「N山」に向かった。



この「N山」は、僕のめじろ修行時代に親父から




「すごいコンセプトのラーメン屋が
近所にできたぞ」



と教えてもらってから、ちょくちょくお邪魔していたお店だ。


店の壁に書かれた『動物系を一切使いません』というコンセプトで、魚介や野菜のみで摂ったスープが本当に美味しかったし、店内に延々と流れるパンクアレンジの「over the rainbow」が印象的だった。


大将と奥さんの人柄もよく、お気に入りのお店の一つだった。



特に大将の湯切りは「ジャンピング湯切り」という独特なもので、麺の入ったテボを持って、腕は振らずに、身体全体でジャンプしながら湯切りするユニークなものだ。



大将曰く、「腕で湯切りをし続けて手首の腱鞘炎になるラーメン屋が多いから、この湯切りを考案した」とのことだったが、数年後、ジャンピング湯切りをし続けたせいで膝が腱鞘炎になったと噂を聞いた。


そんなエピソードも含め、僕をほっこりさせてくれる素敵なお店だった。



今の僕を慰めてくれるのはあの店しかない。





「N山」の開店時間までには少し時間があったが、もう「N山」の口になってしまった。



食べずに帰れるか。



強く叩き続けた胸が痛むので、ゆっくりと歩きながら白旗の交差点を渡り「N山」の店舗前に到着した。


ちょっと早く着いてしまったので、そのまま開店時間を待った。




「お待たせしました〜」




待望の開店時間を迎えた。



店に入り、ラーメンを注文する。



「どうしたんですか?」



ラーメンを待っていると、首にギブス、両手に包帯を巻かれた僕を見て、美人の奥さんが声をかけてくれた。



「実はさっきそこでバイクで事故っちゃって…」



僕は照れ臭さそうに答えた。




「そうなんですか、怖いですね。お大事にしてくださいね。」


お見舞いの言葉をいただき、その人柄通り優しい染み渡るラーメンを食べて僕はすっかり満たされた。


「ご馳走様でした」



僕は満足して「N山」を後にした。


さて、腹も心も満たされたところで、ここから家に帰るわけだが、僕は歩いて帰ることにした。


土地勘のある人ならわかると思うが、「N山」のあった藤沢本町の駅前から善行まで歩いて帰るとなかなか距離がある。


すぐ近くの藤沢本町駅から善行駅は一駅の距離だが、何故、僕が怪我した身体でも歩いて帰ることを選んだのか。





事故の現場を見たかったのだ





『チョビ』が顔面から突っ込んだ現場


僕が数メートル投げ飛ばされた現場


その現場を確かめたかった。


時間もあるし、見届けてから帰ろう。


僕は胸の痛みを感じながら歩き始めた。







しかしその頃には、痛みが少しずつ身体全体に広がっていた。




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–白旗歩道橋交差点–


PM1:00頃



僕が現場に着くと、事故の現場処理はすっかり終わっていて、いつもと変わらず車通りの多い交差点に戻っていた。



あれから4時間近く経ってるし、そりゃそうか。



僕は少し残念な気持ちで国道467号線の長い坂道を登り始めた。



毎日、ここを走っていた思い出が過ぎる。


雨の日も風の日も走った。


ハンドルを変えたり、シートを変えたり、カスタムする度にこの辺を試走した。


正月営業のため、お袋とタンデム(2人乗り)して、藤沢橋の駅伝の観客の波を割って向かったこともあった。
(いつの間にかお袋が駅伝の旗を受け取っていて、旗を振りながら鎌倉まで走っていた)



帰り道に3日分の売上金を落としてしまったこともあった。



『チョビ』はどうなったのか。


家に帰ったら事故相手の保険会社に電話で確かめよう。









ズキン



痛。







ズキン





少しずつ痛みが強くなってきた。






ズキン





今頃、事故の時に打ちつけた背中と手足が痛み始めてきた。







ズキン




強くなる痛みのせいで家までの帰り道が一際、遠く長く感じた。








ズキン




脂汗を滲ませながら、なんとか家に帰り着いたころには日が暮れ始めていた。









ズキン








…to be continued➡︎















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