ラーメン屋である僕たちの物語3rd ⑦
「BURN」
2005年
12月初旬
AM10:30
「こなぁぁゆきぃ♪ねえ、えいえんをまぁえにぃあまりにもぉろくぅ〜♪あぁあああ〜♪」
最近流行りの歌を口ずさみながら、僕は硬さを増した空気の中を走り抜け、原付を駐輪場に停めて店に向かう。
Gが入店してから、僕は2人に朝の支度を任せて、憧れの「重役出勤」を手に入れていた。
ひなどりの開店は11:30。
僕はそれまでに銀行で両替をしたり、支払いのお金を準備したり、金銭的な業務をしてから開店に備えていた。
ひなどりはおかげさまで順調に業績を伸ばし、3周年を迎える前に「店が開いていれば常にお客さんが来てくれる」状態になっていた。
正スタッフ2人にはそれぞれ毎月30万円を渡し、開店当初は5万円だった僕の給料も、今はしっかり取れるようになりながら、毎月売上の10%程が店の口座に残っていった。
このまま地道に頑張っていければ、「ひなどり」はこの地に根付いたラーメン屋になれるはずだ。
この頃は諸先輩方を差し置いて恐縮だが「鎌倉を代表するラーメン屋の一つになりたい」という強い想いがあった。
そしてKとGというスタッフを得て、僕は「もう一つの未来」について考えることができるようになっていた。
そう、二号店…
「渦」の準備が進んでいたのだ。
本当はこの年の秋頃に開店予定だったのだが、Tっさんの予定外の退職もあり、人手が不足して計画が遅れていた。
しかし今、いよいよ「渦」の開店も現実のものとなろうとしていた。
なにせ秋に開店予定だったので、「渦」の店舗工事は終了している。
あとは「人」なのだ。
僕は未来に想いを馳せながら、朝の業務を終え、店に向かった。
「おはよう!」
扉を開けて、朝一番の挨拶を元気よくしながら店に入る。
「おはようございます♪」
「おはようございます!」
するとKとGの元気の良い挨拶が返って来る。
よしよし、いい雰囲気になってきた。
僕は荷物を置き、店の奥にあるタイムカードリーダーにカードを差し込んで出勤時間を印字した。
”ガッ”
《出勤10:58》
ふと、Gのタイムカードが目に留まった。
《出勤8:47》
Gの出勤時間は8:00のはずだ。
僕は「またか…」と思いGに声をかけた。
「なんだG!また遅刻したのか!?」
僕はGに声をかけた。
「すいません!」
Gはすぐに何度目かの謝罪を返した。
「おまえが遅刻するとKに迷惑かかるんだぞ!ひいてはお客さんにもだ!わかってんのか?」
「はい!すいません!」
「…ったく!」
Gが入店して3ヶ月、僕はほとほとGの遅刻癖に困っていた。
Gは元気も良いし、愛想も良い、飲食経験者だけあってお客さんとのコミュニケーションもなかなかのものだった。
しかし、遅刻と欠勤が多かった。
お酒も好きだから、仕事終わりに鎌倉の馴染みの店によく飲みに行っている様だった。
それはいい。息抜きや付き合いのためにも行けばいいと思う。
しかし、翌日の仕事に影響してしまうのは、雇い主としても納得がいかなかった。
「次からは気をつけろよ!」
「はい!気をつけます!」
僕はモヤモヤとした気持ちを切り替えて、急いで営業に向けて準備を進めた。
30分後にはお客さんを通す。
今話をしている時間はなかった。
麺場の準備は僕の仕事なのだが、間に合わないかもしれない。
実はこの頃の僕はまだ仕事に対して意識が低く、ギリギリまで開店準備をしていた。
時には間に合わないこともあり、開店を遅らせたりした。
もっと早く出勤すれば良かったのだが、僕もまた親父に似て、任せられる人間ができるといい加減になってしまう面があった。
自分都合の臨時休業も度々あった。
そして自分のことは棚に上げて、スタッフを叱り、熱く仕事を語った。
そんな僕の元で働くスタッフたちが、「心の肌荒れ」を起こすのに、それほど時間はかからなかった。
同月某日
AM7:00
「Prrrrrrrrrrrr」
「Prrrrrrrrrrrr」
「Prrrrr…」
「P!」
「…はい」
突然の着信音に叩き起こされた僕は、通話ボタンを強く押して黙らせた。
「…もしもし、おはようございます。Gです」
「おお、おはよう、G。朝早くにどうした?」
重苦しいGの声色に、ギクリと嫌な予感がした僕は、上半身を起こした。
「実は今、熱が39℃ありまして…、申し訳ありませんが今日はお休みさせてもらえませんか?」
「またか…」予感的中だった。
実はGは入店してから3ヶ月、毎月一度高熱を出して欠勤することが続いていた。
「…そうか、わかったよ。今日はゆっくり休んでしっかり治しなよ。でも今回で高熱も3回目だけど、何か原因とかわかってるのか?」
僕はずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「…実はぼく、扁桃腺肥大で高熱が出やすいんです。すいません」
おいおい、そんな大事な話聞いてないぞ。
「そうだったのか。で、治療法はあるのか?」
「…手術で扁桃腺を取ってしまえば治るそうなんですが…。手術となると2週間くらいの入院が必要だそうで…」
2週間入院…
「そうか、うーん、とりあえず今日は休んで熱下げなよ。また今日の夜に具合を教えてくれよ」
「…わかりました。ご迷惑をおかけしてすいません」
「じゃあお大事に」
「P!」
僕はケータイを切って、まだ体温が残るベッドへ身体を潜り込ませた。
「またかよ〜、さて、どうするかなあ」
目を瞑り、この後の仕事について考えを巡らせる。
朝の仕込みはずっとしていたし、これまで僕とKでやっていたので問題はない。
でも、その前に段取りをイメージしておこう。
僕たちの仕事は《段取り八分》なのだ。
「…ねぎのカットを…して…、チャー…シュー…を……両替…し…」
「……Zz」
「…Zzz」
「…Zzzz」
僕はあっという間に二度寝に堕ちていった。
「…Zzzzzzz」
「…Zzzzzzz」
「うわあ!」
「やばい!行かなきゃ!」
そうだ!今から支度して行かないと営業が間に合わない!
しかも、いつもより仕事が多いのだ。
僕は怠惰な快楽へと手招きするベッドの誘惑の手を振り払い、急いで支度をして原付に乗り、いざ鎌倉へ向かった。
「こなぁぁゆきぃ、ねえ、ときにたよりぃなくぅこころはゆれるぅ、あぁあああ〜」
いつもの時間よりもパリッとした、薄い氷膜が重なった様な空気を切り裂きながら、この現状の突破口を考えていた。
3日後
AM9:30
結局Gは翌日も熱は下がらず、2日間の療養を必要とした。これも3度目のことだった。
その間、僕とKは3人分の仕事をこなしお客さんを迎えていた。
僕はGに話さなければいけないことがあった。
その前に僕の考えをKに相談すると、Kも同じ考えだったので少し安心した。
いつもより少し早めに家を出て、朝のルーチーン業務を終えて店に向かう。
「おはよう!」
「おはようございます♪」
「おはようございます!」
いつも通りの朝が始まる。
「店長、ご迷惑をおかけしました。」
僕の目の前まで来て、Gは頭を下げた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい。まだ完全ではないですが、大丈夫です!」
Gはバツが悪そうな顔をする。
今話した方が良さそうだな。
「G、ちょっと話したいことがあるんだ。」
僕はテーブル席にGを促し、対面に座った。
Gは緊張からか、少々肩を張っている。
「あのさ、今回で高熱による欠勤も3回目だったよな?」
「原因は扁桃腺肥大による発熱」
「治療には2週間の入院が必要」
「それで間違いないか?」
「…はい」
僕はゆっくりと、確認をしながら話を進めた。
Gの肩が少し強張った。
「治してこいよ」
「…え?」
僕はここ数日考えていたことを伝えた。
「2週間の治療入院で治るんだろ?お前も毎月高熱出すのもしんどいだろうし、治してこいって。その間の営業は、俺とKでやるから」
「え、でも…本当にいいんですか?」
Gは驚いていた。
「入院費までは出せないけどな!ちゃんと治して帰ってこい」
この先、共に歩く長い旅路の中で、たった2週間の治療期間で解消できるなら、その方がお互いのためだろうという決断だった。
「あ、ありがとうございます!」
Gの顔にパッと明るい花が咲いた。
その後、Gは入院の準備をして、無事扁桃腺の摘出手術を済ませ、2週間の入院期間を終えて復職した。
これで躓くことなく、共に旅路を歩ける。
そんな期待と願いを込めての提案だった。
しかし、現実はそう上手くはいかないものだという事を、僕は思い知ることになる。
Gの復職から数日後
AM7:00
「Prrrrrrrrrrrr」
「Prrrrrrrrrrrr」
「P!」
「…はい」
けたたましく鳴るケータイを黙らせて電話に出る。
「…店長、おはようございます。Gです」
ギクリ…嫌な予感がする。
「…実は今、38度の熱がありまして、本日お休みさせていただけないでしょうか?」
…予感…的中…
「え?どうした?扁桃腺取ったからもう突然の高熱はないって話じゃなかったか?」
僕は素直な疑問を投げかけた。
すると、Gは少し咳き込みながら答えた。
「…はい。そのつもりだったんですが、扁桃腺を取ると免疫力が下がって風邪などにかかりやすくなるらしくて…すいません…」
「はぁ!?なんじゃそりゃ!?」
あの手術入院は一体何のためだったんだ。
僕は呆れ果て、仕方なくGに休みの許可を与えた。
そしてGはその後も、相変わらず真偽不明の高熱での欠勤を続けるのだった。
同月某日
怒涛のランチ営業を終えて、僕は足りなくなった食材を目の前の東急ストアに買い出しに行った。
目の前にサッと買いに行けるスーパーがあるのはとても有り難かったし、東京ストアの店員さんもよくラーメンを食べにきてくれていたので、ご挨拶ができるのも僕には有り難かった
買い出しを終えて店の中を覗くと、KとGの他にもう1人いて、2人と話しているようだった。
「誰だろう?2人の知り合いか?」
後ろ姿では誰かはわからなかった。
僕はドアを開けて中に入った。
「あ、店長♪おかえりなさい♪」
Kが僕に声をかけると同時に、もう1人が振り返った。
「店長!久しぶりですな!」
愛しく懐かしい声が、僕の鼓膜に、店の壁に沁みていく。
「…Tっさん!」
9ヶ月ぶりの再会だった。
…to be continued➡︎
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