ラーメン屋である僕たちの物語2nd ①
「My winding road」
ドクン
えっと…今日の仕込みはなんだったっけ…
ドクン
この前の唐揚げ美味しかったな…
ドクン
彼女と喧嘩してまだ仲直りしてないや…
ドクン
昨日届いた食材試さなきゃ…
ドスン
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2004年10月
AM7:30
「ん〜、爽やかな天気だなあ〜」
空は高く高く澄み渡り、どこからか金木犀の香りが風に乗ってやってくる。
僕はいつも通り出勤の準備をして、自宅前でバイクのエンジンを暖気していた。(この頃は善行に引っ越していた。)
気温も下がりバイク乗車時の体感温度は冬に近く、グローブやダウンが必須だったが、二週間ほど前にバイクのマフラーを『抜け感』の良いスーパートラップタイプに交換してから排気音が小気味良く、通退勤がより楽しくなっていた。
「今日はやけにあったかいな」
その日は最近の寒さの中でも、特に暖かい日だった。
「グローブもダウンも暑いけど、着替えるのも面倒だしこのまま行くか。どうせ帰りは寒いだろうし」
僕はダウンのジッパーを胸元まで締めて、ヘルメットを被りグローブをはめて、シートに跨りステップに立った。
※この先は僕の趣味なので読まなくてもいいですw
当時の僕の愛車はセルスターターもバランサーもない単気筒エンジンのYAMAHA SR400。
このSR400に僕は『チョビ』と名付けていた。
当時お付き合いしていた彼女の学生時代のあだ名を、恥ずかしげもなく愛車に付けていたw
この『チョビ』を1960年代イギリスのロッカーズカルチャーに憧れて『カフェレーサー』スタイルにカスタムを進めていた。
カスタムにハマリ、気づけば改造費の方が新車購入費よりかかっていた。
そんな可愛い『チョビ』はエンジンをかけるにも『コツ』が必要だった。
昔はこの『コツ』が掴めずエンジンをかけるのも一苦労で、20分かけてもかからないことがあった。
購入した年の冬なんてエンジンをかけようとする度に汗だくになったものだ。
この頃はもう慣れたもので、感覚でエンジンをかけられるようになっていた。
まず、キースイッチをONにする。
デコンプレバーを少しずつ握りながら、キックレバーを踏む右足の感覚でピストンの位置を把握。
ピストンが真上に来たのを(より正確には、ここから2センチほど踏み込んだところ)足裏で感じたら、一気にキックレバーを蹴り降ろすとエンジンがかかる。
1発でかかればその日はラッキーだ。
僕が考案した「単車占い」をしていたw
1発でかからなくても、2〜3回でかかれば吉だ。
「ギッ!」
「ドルン!…パンパンパンパンパンパン…」
よし!大吉!
今日もいい日になるぞ!
ほどなくして、暖気を終えた『チョビ』のサイドスタンドを蹴り上げ、クラッチを握り、ギアをローに入れた。
スロットルを上げて、キャブレターへガソリンと空気の混合気を送り、プラグで爆発させると
「パン!パンパンパパパパパパパパパパ」
交換したてのマフラーが小気味よくリズムを刻み始める。
車体の振動を感じながら、スロットルを上げピストンが激しく動くのを身体で受け止める。
タンクをしっかりニーグリップすると人馬一体になり、回転数を上げるほどに車体が激しく『いななく』。
僕はこの感覚がゾクゾクして堪らなく好きだった。
「パンパンパンパンパパパパパパ」
車道に出て、いつもの通勤路に合流する。
夏のような暑い季節のバイクも外向に開放的で好きだったが、寒い季節のバイクは内向に自分と向き合えてなお好きだった。
そして集中するのにも、寒い時期の方が向いていた。
寒さが厳しいほど、自分に意識の矢印が向く。
普段、お客さんに向き合う機会が多いので、自分に向き合う通退勤の時間が、僕の「走る坐禅」だった。
感覚が研ぎ澄まされ、無心になる瞬間、新しいアイデアが浮かぶことも多かった。
今日も新しい閃きがあるかもしれない。
そんなことを思いながら、『チョビ』を流し始めていた。
だがこの日は、自分と向き合うには些か暖かかった。
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『パパパパパパンパパパパパパ」
車道に出たら坂道を上り、一つ目の信号を曲がってレッドバロンを左手に過ぎる。
町田街道に出て白旗の交差点を目指して坂を下る時、ふとバックミラーに後続のバイクが写った。
スモールヘッドライトに極太バルーンタイヤのダートトラッカー。
当時、大人気のYAMAHA TW250。
通称『ティーダブ』
ドラマ「Beautiful Life」でキムタクが乗ったバイクとして一躍人気車種になったチャラいヤツだw
「おや?」
やけに車間距離が近い。
一抹の違和感を覚えたが
「気のせいかな」
後ろに気を取られていては危ない。
「気にしない、気にしない」
下り坂に入り、通勤ラッシュで渋滞している車列の脇をすり抜けていく。
バイク通勤の利点だ。
「やっぱり近いな…」
どうやら気のせいではなく、こちらを煽ってきているようだ。
「こんにゃろう…」
僕は前方を気にしながらも、バックミラーで後続に注意を払っていた。
坂道の終わりに差し掛かる。
白旗歩道橋の信号は青だった。
「面倒くさいな…、左に寄って、先に行かせちゃおう」
バックミラーを見て、そう思った瞬間
にゅっ
と、右前方の車が左折してきた。
おいおいおいおい!
ギュゥッ!!!!
慌ててブレーキを握り締め、踏み込む。
しかし慣性の法則による見えない力は、万力の様にゆっくりと、そして確実に、僕たちの背中を押し、車に近づけていく。
ダメだ!
間に合わない!
ドクン
車の左側面に『チョビ』が顔面から突っ込んだ。
ドクン
衝突音は聞こえなかった。
ドクン
僕は、車に突っ込んだ『チョビ』から見えない力で強引に切り離され、宙を飛んだ。
ゴスッ
ゆっくりと進む一粒の時間の中、ヘルメットが何かに当たった音だけが、静かな逆さまの世界に響く。
ドクン
空は高く高く澄み渡り、どこからか金木犀の香りが風に乗ってやってきた。
…to be continued➡︎
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