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ラーメン屋である僕たちの物語1st 11


「SO YOUNG」

後編






運転資金残18万円


次月の支払い能力は、もうなかった。


僕に突きつけられた「NO」の大きさと
自分の無能さにやっと絶望した。


『来月、もうこの店はないのだ』


この局面にきて、お客さん商売の怖さを心から味わった。


自らが立てた刃により、僕は道を絶たれる。


「最期まで、少しでも売上作らなきゃ…」


お客さんは入らなくても、支払いはある。
店を開けるしかない。


開けているだけ赤字なのかもしれない。
それでも他にお金を作る手段なんて、当時の僕たちは持ち合わせていなかった。


仕事に向かう人々の足音で賑やかさを増していく鎌倉駅前の喧騒を尻目に、僕たちは黙々といつも通り開店準備をした。





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11:30〜15:00

本日のランチの来店数



3名



ランチ閉店後、失意の中Tっさんと二人、言葉も出ず洗い物をしていると一本の電話が鳴った。


「Trrrrrrrrrr」


「Trrrrrrrrrr」


「Trrrrrrrrrr」



「はい、ら〜めん専門ひなどりです」



淡々とした声でTっさんが出る。


「はい、はい、少々お待ちくださいませ」


「店長、横浜Walkerさんから電話です」

※Tっさんは僕を「店長」と呼んでいた。


「え?」



僕は受話器を受け取った。


「はい、お電話替わりました。はい、はい…、え…?」


「…」


「ちょっと検討させてください…」



僕は静かに受話器を置いた。



要件は、来月、秋の鎌倉特集があるので、この店を取材させてくれないか、ということだった。


〈来月、もうこの店はないのにな〉


と思いながら聞いていたが、それと同時に思い出していた。


親父の店では、よく横浜Walkerの取材を受けていたこと。


雑誌の発売から2週間〜1ヶ月ほど集客効果が高かったことを。


鎌倉はちょうど紅葉シーズンに入るタイミングだ。


僕はしばらく悩んだ後、Tっさんに相談した。


「さっきの取材の話、お願いしようと思う。最期に、賭けてみたいんだ。
お金は俺がどこかから必ず引っ張る。最後に100万円を引っ張る。
それでダメだったら諦める。
Tっさん、どうかな?」


僕は不安そうにTっさんに尋ねた。


開店からTっさんには辛く当たってしまっていた罪悪感から、まともに目を見れなかった。


どのツラ下げて頼んでるんだ。


僕だって思う。



恐る恐る目線を上げると、Tっさんと視線がぶつかった。



「いいですよ」



「え?」


「めじろ辞める時に、言ったでしょ?ボクは店長に着いて行きますよって」



「…Tっさん!」


僕は鳥肌が止まらなかった。



「ありがとう」


そして2人で、泣いた。





これが最後のチャンスだと腹を括った



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この半年間、お客さんは減る一方ではあったが、その状況の中で、僕は今までたかを括ってしてこなかった味の勉強を意識的にしていた。


未だ『自分以外全員バカ』モードを抜け切ってはいなかったが


「暇だ暇だと腐っていても仕方ない。そんな時間があるならできることをしよう」と毎日、ラーメンの試作、勉強を続けていた。


スープのロスに関しても、めじろでは取り切りで、売れ残ったスープはメンマや味玉の仕込みに使っていたが、ひなどりでは余りすぎて毎回捨てていた。(!)


その様子を見ていたTっさんから質問があった。


「スープって冷やして冷蔵庫で保管できないんですか?」



…それだ!なんで思いつかなかったんだ!苦笑


この一言のおかげで原価率も抑えられてきた。


また、この冷蔵庫保管には想定外の効果があった。




スープが安定し

コクが増して美味しくなることに気づいた。



ひなどりのら〜めんは開店当初より飛躍的に美味しくなっていった。


そのおかげか、少しずつだが「常連」と呼べる人達も増えてきていたのだ。


それでも客足がなかなか伸びない一番の原因は
そう、



「僕」だ。




もう少し、この先の景色が見たい。


そのために何をすべきかは、明白だった



絶望の味も知った。


自分の程度も知った。


少しずつでも、ラーメンと同じように、自分を育てていきたい。


今のままでは道が断たれる。


この道を走り続けるために、走り方を変える必要がある。


太陽がギラギラと照りつける夏から、山々が紅く色づく秋に向かう頃



僕の意識も変わり始めていた。





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横浜Walker編集部から電話がある少し前

店の目の前を海水浴客が足取り軽く素通りする中、久しぶりにめじろの常連のMさんがひなどりに来てくれた。


お馴染みさんの顔を見て、僕たちはただ嬉しかった。


お客さんは日に数人しか来ない中、昔馴染みのご来店は僕たちに少しばかりの力をくれた。


僕のら〜めんを食べながらMさんが言う


「最近どう?」


どうも何もない。客はMさんだけだ。


「なかなか大変ですね」


ら〜めんを食べ終えたMさんは、帰り際に僕に振り返り言った。



「余計なお世話かと思うけどさ」


「親父さん、芳実くんのこと心配してたよ。困ったときは、何でも相談しに来いってさ」

「じゃあ、頑張って」




僕は言葉を返せなかった。


Mさんの背中を黙って見送った。


あんな中途半端な飛び出し方をした僕を、親父は見守ってくれていたのだと知った。



その夜は営業後、店でTっさんと酒を飲んだ。


再び親心に触れて、僕は泣いた。


有り難かった。


僕は独りではない。


一升瓶に映る泣き顔が可笑しくて、少し笑った。




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10月。


紅葉にはまだ些か早いが、過ごしやすくなった季節に気の早い観光客で鎌倉周辺は賑わい始めていた。


いよいよ、待望の横浜Walker秋の鎌倉特集が発売される。


「ら〜めん専門ひなどり」も大きく扱ってもらった。


僕は最後の資金を用意することができた。


これで、家賃、仕入れ金、買掛金、光熱費、給料を支払える。


1ヶ月分の延命処置だ。


ここから先は、ら〜めん一本で売上を作らなくてはいけない。


横浜Walker発売日、ソワソワしながら準備をし、開店時間を迎え、いざ扉を開くと




…誰も待っていなかった





〈やっぱりそんな簡単にはいかないか…〉


全身の力が抜けそうになる。


僕は「まだまだ!これから来てくれるさ!」


挫けそうな気持ちを奮い立たせるため、そうTっさんに声をかけて、厨房に戻った。


内心は祈っていた。


〈どうか、お客さんが来てくれますように!〉


繁盛店で働いていた時は湧かなかった気持ち。


初めてお客さんに「来て欲しい」と願った。




しばらくすると


「お、ここだ」


と、ひと組のご来店があった。



「…っいらっしゃいませ!」




元気よく2人で挨拶する。



続けてご来店がある。


「いらっしゃいませ!」


「はい!ら〜めん、お待ちどうさまです!」


「ありがとうございます!またどうぞ!」


僕たちの声が、7坪の小さい店に響き渡る。

笑顔こそまだ僕には難しかったが、元気にはできる。そう思うと接客が少し気楽になった。


未熟なんだから、できることから始めよう。





僕たちは元気でいよう。




「いらっしゃいませ!」




一人、また一人とお客さんが僕たちのら〜めんを目指して扉を潜ってくれていた。






…to be continued➡︎




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