…という書き出しで始まる小説
「そういえば去年さ〜」と口に出してふと気がつく。
あれ、いつから去年を去年と認識するようになったのだろう。
少なくとも、2月当初は去年の話をする際に、澱みなく去年と言葉にできていなかったはずなのに。
2月末日現在、年明けの高揚感が落ち着き、年度の終わりの近付きを感じるにつれ、新しい年を今年と意識できるようになってきた。
自然な流れで、「もう今年の6分の1が終わるらしいよ、早くない?」なんて会話を交わすこともあった。
去年を去年と自然に認識できる、また今年を今年と自然に認識できる境目は、いったいどこにあるのだろう。
私は、そんな重大な境界にも気づかず日々を過ごしてしまう程、鈍感な人間だったのか。
「いま」の私のすぐそばにあるような記憶と、もはや私の手の届かない範囲にまで遠ざかってしまった記憶。
去年が今年の間はそばにあったような気がしたのに、去年を去年と言葉にしてしまった途端、もう手の届かないものになってしまった気がする。
歳を重ねると時間の流れが早くなると言うけれど、この境界を憂う感覚を併せて失う様な人間にはなりたくない。
「今年はいったいいつから去年のことを去年と感じる意識が生じたのだっけ?」と、無言の記憶探索を始めた私の脳内時計は、現実の時間とは異なる進み方を記録し始める。
もはや誰かと会話をしていたことなど頭の片隅にも残っていない。
思索は深みを増していき、こうして私は独り、世界から暫し孤立していく。