コロナ危機以前からの弱体化【感想】「さまよえるWHO 米中対立激化の裏側」
今回のコロナ危機にあたって、WHOの対応の遅れは言い訳ができないだろう。中国は2019年末時点で新型コロナの蔓延をつかんでいたが、春節が近いこともあって、国家的に情報を秘匿していた。WHOは中国の説明を丸呑みする形で「パンデミックではない」「中国との行き来を停止する必要はない」と繰り返し発言した。その対応(アラート)の遅れが、全世界にウイルスをまき散らした一因になっているのは否定しようがない。
皮肉なことに、WHOが一切の情報を流さなかった台湾(一つの中国の原理に反するから)が、早い段階から対応をはじめ、新型コロナを見事に抑え込んだ。全世界的にWHOへの批判は高まり、アメリカは拠出金の停止を発表し、世界は揺れ始めた。2020年にフランスで作られたドキュメンタリーだが、これまでのWHO弱体化の歴史を分かりやすく扱っている。単なるWHO批判にとどまるところなく、WHOを取り巻く現在の「世界」を可視化させている。
各国の思惑に振り回されるWHO
WHOは1948年に生まれた。国連とは違い政治とは一線を画した国際組織であるために、本部は中立国のスイス・ジュネーブに置かれた。WHOの理想は保健衛生分野で世界がひとつになって、人類を脅かす感染症や健康リスクと闘うことだ。しかし、冷戦の影響を受け1949年にはソ連や衛星国がWHOから脱退。早くも、この理想は打ち砕かれた。
1978年にWHOが行ったアルマ・アタ宣言は全人類に健康をもたらする理想を掲げたものだった。しかし、これは大国の利益に反するものだった。加盟国で言えば、かつての植民地国が多く、数の論理ではイギリスやアメリカは勝てない。しかし、こうした大国は自身の国家の損失になるようなプランは認めない。(つまり全世界が平等になることを望んでいないということだ。)1980年代にレーガン大統領はWHOへの拠出金を大幅に削減し圧力を強め、実質的にはWHOを骨抜きにしたのだ。
2020年現在、アメリカのトランプ大統領もWHOへの拠出金を停止すると述べている。トランプは、明確に「アメリカ・ファースト」を打ち出しており、近年、アメリカは様々な国際機関から脱退している。アメリカの利益を分配して、発展途上国を助ける気などない。このような大国の支援を受けられないなかで、WHOの資金不足は深刻で、民間からの寄付にも頼るようになっている。しかし、民間からの寄付は使い道を限定したものが多く(ゲイツ財団からの寄付はポリオ撲滅に使われる等)、世界の保健衛生のためにはできることに限りがあるのが現実だ。
国際社会で影響力を増す中国
そのような大国(アメリカ・イギリス)とは対照的に、中国は発展途上国を援助し(味方につけ)国際社会での発言力を強化してきた。ここまで、はっきり触れられることはなかったが、名だたる国際機関のトップ、または重役に中国人(もしくは親中国の国の人)がつくことが多くなっているのは事実だ。ざっとあげただけでも圧倒されるほど。
FAO(国際連合食糧農業機関)・ICPO(国際刑事警察機構)・ICAO(国際民間航空機関)・UNIDO(国際連合工業開発機関)・ITU(国際電気通信連合)・UNDESA(国際連合経済社会局)・UNHRC(国際連合人権理事会)
明らかに国際社会では中国優位に物事が進んでいる。そのことがアメリカやイギリスが、よりいっそう自国ファーストに走る傾向を加速させている。2007年からは、WHOも香港出身のマーガレット・チャン。2017年からは、中国からの支援に頼っているエチオピア出身のテドロスだ。このような中国の影響力が強い議長は中国の意志を無視して物事を進めることは不可能だ。テドロスの中国に対しての弱気な姿勢は全世界に知られた通りだ。
香港のジャーナリストがWHOの職員に、台湾について質問した映像が印象的だった。WHO側はPCの接続の悪さを問題にして台湾に言及することを避けようとした。何度も問い尋ねられると接続を打ち切ってしまった。「一つの中国」を掲げる中国に逆らうような発言は決してできない。あそこまで露骨に、中国の顔色をうかがわなければならないのかと愕然とする。
SARSも新型コロナも、中国由来、野生動物の取引市場から生じたものだが、WHOがこの問題に取り組むことはないだろう。
これからの課題
コロナ危機は収まっていない。WHOは引き続き、この分野で世界を牽引できる唯一の組織だ。しかし、その力(資金力・指導力)は乏しい。1979年にHIVウイルスが猛威を振るった時、有効な対策が打てなかったWHOに対して、国連は独自の組織「UHAIDS」を立ち上げた。今回も同様に、中国寄りのWHOに対抗した、別の国際組織ができるかもしれない。しかし、識者たちは、それは何の解決にもならないと述べる。
世界がひとつにならなければならない時に、世界はかつてなく分断している。専門家たちは、コロナ危機は人類が連帯する最後のチャンスと見るようになっている。(参考:【感想】BS1スペシャル コロナ危機 未来の選択「ジャレド・ダイアモンド~世界が連帯する“最後のチャンス”にせよ」)
世界は、これまでの歴史の教訓を活かすだろうか。それとも・・・。