【感想】NHKスペシャル パンデミック 激動の世界「ウイルス襲来 瀬戸際の132日」
日本というシステム全体において、コロナへの対応が正しかったかどうかの答え合わせは将来の歴史が判断することになるだろう。もちろん、未だに危機は終わってはいない。少なくとも、過ぎ去った過去を教訓にして、今後(今の戦い)に活かしていかなければならない。
コロナ発生(1月15日:武漢からの帰国者にコロナ陽性が発見される)から5月末の緊急事態宣言解除までの132日間を追ったドキュメンタリーを紹介したい。(NHKオンデマンドで見ることができる。)
参考:パンデミック 激動の世界(1)「ウイルス襲来 瀬戸際の132日ー前編ー」
参考:パンデミック 激動の世界(2)「ウイルス襲来 瀬戸際の132日ー後編ー」
100人以上への取材を通して見えてきた132日の苦闘。コロナ禍において、医療業界・経済界・政府、それぞれの立場で要職にある人は、必死にコロナ問題と闘い続けてきた。「何もしていない」とか「怠慢」だと外野が言えるような状況ではない。立ち位置が変われば、まったく見えない風景が見えるだろう。この数か月は私の人生の中でも、経験したことがない期間だった。自分が付けている日記と比べながら、コロナとの戦いの数か月を振り返った。
準備が8割・泥縄の構造
世界でもコロナはこれまでにない感染症だから、この問題にしっかり備えができていた国というのは多くはない。(例外的に、台湾やベトナムなど、過去の感染症の痛い教訓を活かし抑え込みにかかり成功している国もある。)それにしても、日本の場合、本来行えたはずの「準備」が行えて来なかった失策は認めなくてはならない。
今から11年前、2009年に日本では新型インフルエンザが大流行する。この時は200人が死亡することになった。感染症の専門家たちは、この危機を受け止め、2010年に今後の感染症に備えた提言をまとめていた。その中には、コロナ禍で浮かび上がった課題がそのまま含まれていた。
・有事の際の意思決定プロセスを明確にしておくこと
・PCR検査体制の拡充
・保健所などの強化
・医療施設への財政支援など
しかし、残念ながら、これらの提言はどれも先送りされてきたままだった。新型インフルエンザは死亡者数からすれば、うまく抑え込んだように見えたし、過去に他国で流行したMERSもSARSも日本では発生しなかった。このことがかえって、油断を招く結果になったのだ。
保健所のひっ迫
いわゆる「PCR検査の目詰まり」は保健所の態勢がひっ迫していたことが一因だろう。国の政策で、過去30年の中で保健所は半数まで減らされている。すでにリソースが少ない中で、PCR検査はすべて保健所を通して行うという方針が保健所を圧迫した。
何度も報道されたが、発熱して繰り返して電話をしても保健所につながらないという問題が続出した。ある県での4月中の保健所への電話がつながる確率は15%だったという。保健所の職員が過労死するのではないかという状況が3月から生じていた。国はボトルネックを解消するために、3月半ばの時点で、保健所を通さず医療機関から民間の検査会社へPCRを依頼できる仕組みを作っていた。
医療現場のひっ迫
しかし、PCR検査を引き受けようとする病院は多くなかった。医療防護服やマスクなどの備え、スキルが必要とされること、院内感染への恐れなどで、積極的にコロナ患者を引き受けることができなかったのだ。その一方で、コロナ患者を引き受けた病院は、コロナ対応にリソースを大きく割くことで、通常の診療報酬を得られず数億円の赤字を抱えることになる。
激務と過労が求められるコロナ対応を行う医療従事者に適切な報酬を払うことができないことが報道されたが、病院だって倒産の寸前にいるのだ。医療費を削減するための様々な施策で、できるだけ多くの患者を回さなければやっていけない医療の問題が浮き彫りになった。国はさっそく医療施設への財政支援を行っているが、それでも赤字は解消されていない。
先送りが引き起こした問題
医療従事者も、保健所も、行政も、国も、首相も、大ブーイングを受けている。誰もが「責任はだれにあるのか」と憤っている。しかし、これは、今、責任を担っている人が引き起こした問題ではなく、10年前から先送りされてきた問題が顕在化したものであることは事実として覚えておきたい。
だから、「〇〇のせいだ!」と単純に責任を押し付けて批難合戦に陥ることは避けなければならない。過去のどの国難よりも国民が一丸になって取り組まなければならない問題なのだから。
専門家の知見と危機感
インタビューを通してはっきり見えたのは、やはり感染症の専門家たちは、一般人が見えるよりも、はるか先が見えているということ。知識があるゆえに、はるかに早い段階からコロナウイルスに恐怖感を抱いていたのだ。また、これまでとってきた対策も、日本の持つリソースの中で出来得る限りの優れたものだったと思う。
早くも1月末の時点で、感染症の専門家たちの間には不穏な空気(これは、これまでとは違うウイルスだという認識)が広がりだしていた。国は武漢からのチャーター機で帰国させた日本人全員にPCR検査を受けさせることにした。それまで感染症に携わる医師の間では、無症状の人に検査をすることは無意味なこととみなされていた。しかし、実際に検査を行うと、無症状で陽性になる人が発見されることになった。
この「無症状での感染」というのが、コロナの非常に恐ろしいところで、それは封じ込めが非常に難しいことを意味する。外国での驚異的な感染増や死者数はコロナの恐ろしさを物語っている。専門家会議が招集されたのは2月14日で、この時点から休みなく専門家たちはコロナとの戦いを繰り広げている。私たちが深刻な気持ちになるより1か月~2か月早いという印象だ。
日本がとった戦略は、三密と言われる環境を避け、クラスターをつぶし、濃厚接触者を徹底的に追いかけるというものだった。そして、クラスターを追いきれなくなったところで、市民の行動制限に切り替えていくというシナリオだった。この戦略は、結果から見ると成功だったと言えるだろう。国民の中から政府に対する不満は多いが、他国から見ると日本の感染症の抑え込みは「ジャパンミラクル」に見えている。
尾身さん、押谷さんといった、世界でも感染症対策をリードできる優れた人材や、西浦さんのように数理モデルを使った分析の専門家たちのおかげで、日本は、ここまでギリギリの戦いを続けてくることができたのだ。
経済とのバランスという葛藤
しかし、専門家たちが、いかに合理的な意見を持っていようと、政府はそれをそのままに活かすことはできない事情があった。それが行動の制限と経済のバランスをとっていかねばならないという課題だった。行動制限を課せば、当然、人と人の接触は減り感染予防になるが、その一方で経済的に行き詰まり生きていけなくなる人が激増する。
このバランスのとり方は、未だに答えが見えていない。苦し紛れのGOTOキャンペーンと、その後の感染者の激増は、痛々しいものがあった。徹底的な行動自粛を求めれば、感染者が減り、それを緩めると感染者が増えるという状態はこれからも続いていくだろう。緊急事態宣言は「伝家の宝刀」だ。これを抜くタイミングは難しい。(「抜く」というより、出した刀を「引く」ほうが難しいかな。)
教訓は活かさねばならない
コロナとの戦いは、まだ道半ばだ。これから秋の時期にかけ、通常でもインフルが流行りだすタイミングでコロナとの戦いは死闘になるだろう。コロナ発生から数か月を振り返り、どんな教訓を引き出せるだろうか。政府の立場から、そして専門家の立場から、それぞれからのコメントは次のようなものだった。
西村 康稔 経済再生担当大臣:「コロナは各国の弱いところをついている。日本の弱いところ、分かったところにはすぐに取り組んでいかなければならない。」
尾身茂 先生:「意思決定の役割・責任者の所在をしっかり決めることが、一丁目一番地だ。これとこれを政府はやるので、国民のみなさんはこうしてくださいというメッセージを発信することが必要だ。」
失敗は痛いものだが、失敗はそれを活かすなら、大失敗を避けることができる貴重な資産になる。
2009年の新型インフルエンザの蔓延を「失敗」とは呼べないかもしれないが、その教訓を活かすことができれば、10年後のコロナウイルスとの戦いでの劣勢・四苦八苦は防げたであろう。(まあ、今言ってもしょうがないんだけど。だから、今回、はっきりわかった問題は、決して放置してはいけないということだ。)
おそらく「パンデミック 激動の世界」はシリーズ化していくのだろう。コロナを取り巻く問題が、どこに、どんな形で着地するのか、しっかり見極めなければならないと思った。それも、今の世界に生きる、私たちの責任だと思うからだ。(そういうわけで、ワクワクする話題ではないけれど、できるだけコロナに関連した話題は見て学ぶようにしている。)
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