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【感想】ノーナレ:あるジャズマンの物語 ~What a Wonderful “音” Life ~

これだけは失いたくない。誰しも、そういうものがあると思う。ジャズベーシストの吉本信行さん(63歳)にとっては「音」だ。っていうか「音」を失うなんて想像もしなかったのではないか。あまりにも当たり前にあるものだから。
ジャズマンとして、ひた走ってきた半生。2007年~昨年までは、自身のジャズバーを持ち、自らもベーシストとして、ジャズを愛する人の中心にいた。もう聞くことができない、自室にある壁一面のレコードを見ながら、吉本さんのジャズと共に生きてきた半生を思った。

吉本さんが、難治性の中耳炎を患ったのは7年前。2013年のことだ。聴力は失われ、突然、音楽に触れることができなくなった。徐々に笑顔が消え、人に会うことを避けるようになった。盲目のジャズマンは多いが、耳が全く聞こえないとは。吉本さんの落胆はどれほどのものだっただろうか。

現在、人工内耳を付けつつ、再びジャズベーシストとして活躍する吉本さんの姿を追うドキュメンタリーだ。

音は振動・波動

吉本さんは、ネガティブな記憶をあまり語らないが、音を失った当初はふさぎこんだようだ。ジャズバーを経営していたが、皆の前には顔を出さず、店員に店を任せ閉店まで車で寝ていた。何のために生きているのかと思った。転機になったのは、かつての音楽仲間が、もう一度演奏しようと声をかけてくれたこと。音が聞こえない吉本さんの奏でるベースに合わせて演奏してくれるのだ。

もう一度、ベースに触れて分かったことがある。「音は波動、振動だ」ということ。音楽は聞こえないが、自分が抱きかかえて演奏するベースの音(振動)は分かった。吉本さんは、何十年も触れ続けてきた記憶にある「音」を頼りに、もう一度、ベースに向かい合うようになった。振動型メトロノームを使えば、リズムはわかる。

ベースを弾いている時だけ、吉本さんの生活に音楽が戻った。ベートーベンも聴力をほぼ失っていたが、振動を感じ取りながら作曲をしたことで有名だ。人生では、決して失いたくないものを失う人が少なくない。それでも、再び立ち上がることができる人たちがいる。

人工内耳と生きる

2016年、吉本さんは人工内耳の手術を受ける。人工内耳により、会話はできるようになった。生活の中に音が戻った。ベースやドラムなどの音は聞こえている。メロディーが聞こえないのは残念だが、吉本さんは満足している。機械音やデジタルを通して聞こえる音は、かなりやかましく脳内に響き渡るようだ。

人工内耳では、音階を拾えないので、吉本さんの耳にはメロディは聞こえない。自宅に所蔵したたくさんのレコードを見つめ、記憶の中にある音を聞こうとする姿が切ない。でも、吉本さんはネガティブな顔を一切見せなかった。音が聞こえるだけでも感謝だという。今、吉本さんは、記憶の中にある音を頼りに、自作の曲を作っている。

障害でも、できることを

吉本さんの姿を見ていると、人間っていうのは強いなぁと感じる。ジャズマンにとって「音」を失うとは、どれほどの苦しみなのか。それでも、再び、振動を感じつつ、音を楽しみだし、やがて、人工内耳というツールによって、よりいっそう音楽を追求できるようになった。

一度はゼロになったけれど、今は、ひとつひとつ、プラス(加算)しているような気持ちでいるんじゃないかな。

以前、できていたことと比べると切なくてしょうがないだろうし、なぜ自分なのか?とか、もっとできたことはなかったか?とか、悔やめばいくらでも悔やめるけど。今できていること、これからできることに目を向けると、人は清々しい顔になるのだ。これは、障害(できないことに囲まれる)があっても、幸せに生きる一つのコツなのかもしれない。

吉本さんが、あげているyoutube動画↓

P.S.
あ、そうそう。ノーナレでは、吉本さんの人工内耳で聞こえている音、演奏中に聞こえている音を見事に再現?していた。すごい工夫だと思った。

#ノーナレ #あるジャズマンの物語 #吉本信行

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