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闇の王展2024「遠野物語」
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作品解説
今回の闇の王展2024では、モデルを萩原杏衣さんにお願いし、柳田國男の「遠野物語」をテーマに撮影しました。
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遠野物語六十九話のオシラサマの話をテーマに撮りました。馬に恋をした娘が、殺された馬の皮に包まれて天に昇るところをイメージしています。撮影用の背景布を馬の皮に見立てて跳んでもらって撮影しました。
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遠野物語五十八話で河童が出たと言われる河童淵で、きゅうりのついた竿で河童釣りをした時の写真です。釣れなかったので本人が河童役をやってきゅうりを掴んで喜んでいる所を撮りました。(目次の「河童」の所でいろいろ写真を載せています)
今回主にこのオシラサマと河童をテーマに撮ったのですが、他にも少し撮ったものをアルバムに載せて、載せきらなかったものをここのnoteに解説と一緒に入れました。
遠野物語についてや遠野の風景を紹介したり、伝承それぞれについての写真と解説を入れています。完全に自分の趣味になっている可能性があるのですが、オシラサマとはどんなものなのかや、他の伝承のある場所、河童淵の様子など載せてありますので興味のある方いましたら是非見てみて下さい。(長いのですが目次から各伝承など選んで見れます)
「遠野物語」について
遠野物語は、民俗学者の柳田國男が岩手県遠野市の作家佐々木喜善から聞いた民話や伝承をまとめたもので、ザシキワラシやカッパ、天狗、山男などの遠野に伝わる話が多く載っています。
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遠野の風景
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ダンノハナと蓮台野(デンデラノ)
遠野には市街地から少し離れた所にダンノハナとデンデラノという場所があります。ダンノハナは高くなった山のような所で、共同墓地になっています。その近くにはデンデラノという野原のような所があり、昔はここは姥捨山のように六十を超えた老人を追いやる場所になっていたといいます。遠野物語の話者、佐々木喜善もこのダンノハナとデンデラノに挟まれた山口の集落に生まれ、生家が今も残っており、墓はダンノハナにあります。
遠野物語 百十一話
「山口、飯豊、附馬牛の字荒川東東禅寺および火渡、青笹の字中沢ならびに土淵村の字土淵に、ともにダンノハナ(*)といふ地名あり。その近傍にこれと相対して必ず蓮台野といふ地あり。昔は六十を超えたる老人はすべてこの蓮台野へ追ひやるの習ひありき。老人はいたずらに死んでしまうこともならぬゆゑに、日中は里へ下り農作して口を糊したり。そのために今も山口土淵辺にては朝に野らに出づるをハカダチといひ、夕方野らより帰ることをハカアガリといふといへり。
(注 ダンノハナは壇の塙なるべし。すなはち丘の上にて塚を築きたる場所ならん。境の神を祭るための塚なりと信ず。蓮台野もこの類なるべきこと『石神問答』中に言へり)」
ダンノハナ
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デンデラノ
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「遠野物語」
オシラサマ
馬娘婚姻譚とオシラサマ
遠野物語 六十九話
「今の土淵村には大同といふ家二軒あり。山口の大同は当主を大洞万之丞といふ。この人の養母名はおひで、八十を超えて今も達者なり。佐々木氏の祖母の姉なり。魔法に長じたり。まじなひにて蛇を殺し、木に止まれる鳥を落としなどするを佐々木君はよく見せてもらひたり。昨年の旧暦正月十五日に、この老女の語りしには、昔ある処に貧しき百姓あり。妻はなくて美しき娘あり。又一匹の馬を養う。娘此馬を愛して夜になれば厩舎に行きて寝ね、終に馬と夫婦に成れり。或夜父は此事を知りて、其次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬の居らぬより父に尋ねて此事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首に縋りて泣きいたりしを、父は此を悪みて斧を以て後より馬の首を切り落せしに、忽ち娘は其の首に乗りたるまま天に昇り去れり。オシラサマといふはこの時よりなりたる神なり。馬をつり下げたる桑の枝にてその神の像を作る。」
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オシラサマは養蚕、農業、狩猟、目の神、予言をする神(オシラセが語源とも)などとして祀られている。
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桑の木に馬や人の顔を彫って布を被せる。頭の外に出た貫頭型と頭を覆う包頭型がある。
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遠野物語拾遺 七十七話
「オシラ様の由来譚も土地によって少しずつの差異がある。たとえば附馬牛村に行われる伝説の一つでは、天竺のある長者の娘が馬にとつぎ、その父これをにくんでその馬を殺して皮を松の木の枝に懸けておくと、娘はその樹の下に行き恋ひ慕うて泣いた。枝に懸けてある馬の皮はその声につれて翻り落ち、娘の体を包んで天に飛んだという。」
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オシラサマと養蚕
遠野物語拾遺 七十七話
「遠野の町あたりでいう話は、昔ある田舎に父と娘とがあって、その娘が馬にとついだ。父はこれを怒って馬を桑の木に繋いで殺した。娘はその馬の皮をもって小舟を張り、桑の木の櫂を操って海に出てしまったが、後に悲しみ死にに死んで、ある海岸に打ち上げられた。その皮船と娘の亡骸とから、わき出した虫が蚕になったという。さらに土淵村の一部では、次のようにも語り伝えている。父親が馬を殺したのを見て、娘が悲しんでいうには、私はこれから出て行きますが、父は後に残って困ることのないようにしておく。春三月の十六日の朝、夜明けに起きて庭の臼の中を見たまえ、父を養う物があるからと言って、娘は馬と共に天上に飛び去った。やがてその日になって臼の中を見ると、馬の頭をした白い虫がわいていた。それを桑の葉をもって養い育てた云々というのである。」
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中国の馬娘婚姻譚
遠野に伝わる馬娘婚姻譚は遠野のオリジナルではなく、原型と言える話が中国の「捜神記」にあります。こちらの話では馬に対して娘がかなり冷たい態度をとっていて、曲家(まがりや)で馬と一緒に生活をする遠野に伝わったことで馬に対して愛情のある話に変わったのかもしれません。
「捜神記」 二百五十話 馬の恋
「 古くからつぎのような話が伝えられている。
大昔、ある大官が遠方に出征し、家には娘が一人いるほかは、誰も残っていなかった。この家では牡馬を一匹飼っており、娘は親身になって世話をしていたが、淋しい家での一人暮らしに、父親が恋しくてたまらなくなり、馬に向かって冗談を言った。「お前がお父さまをお迎えに行って連れ帰ってくることができたなら、私はお前のお嫁さんになってあげるよ」すると馬は、この言葉を聞くなり、手綱を引きちぎって走り去った。馬は一目散に父親のいる所へやって来た。父親は馬を見て驚いたり喜んだりしながら、くつわをおさえてまたがったが、馬は今来た方角を望んで、しきりに悲しそうな鳴声をあげる。父親は、「なにもしないのにこの馬がこんなに鳴くとは、我が家に異変が起こったのではあるまいか」と言うと、大急ぎで馬を走らせて帰った。そして、畜生の身でありながらたいした真心だと感心し、まぐさをたっぷり与えたが、馬は見向きもせずに、娘が家に出たりはいったりするのを見ては、喜んだり起こったりして身をふるわし、足を踏み鳴らす。こういうことが一度や二度ではないので、ふしぎに思った父はそっと娘に尋ねてみた。すると娘はいろいろ父親に打ちあけて、「きっとそのせいだわ」と言った。すると父親は、「誰にも言うな。家門の恥になる。お前は家から出ないようにしていろ」と言い、石弓をしかけて馬を射殺すと、皮を剥いで庭に干した。ある日、父親が外出したあと、娘は隣りの娘と皮のそばでふざけていたが、皮を足で踏むと、こう言った。「お前は畜生のぶんざいで、人間をお嫁さんにほしがるなんて。殺されて皮を剥がれたのも身から出たさびだわ。なんだってそんなばかなまねしたのよ」その言葉がまだ終わらぬうち、馬の皮がさっと立ち上がったと思うと、娘を包み込んで飛び去った。隣りの娘はおろおろするばかりで、あとを追って救い出す勇気もなく、走って行って父親に知らせた。父親が飛んで帰って探してみたが、もう姿は見えなかった。その後、数日してから、庭の大木の枝の上に、娘と馬の皮が発見された。どちらも蚕と化して、枝の上で糸を吐いている。その作る繭は、普通の蚕とは違って糸の捲きかたが厚く大きく、隣りの女房が枝からおろして育てたところ、通常のまゆの数倍も糸が取れたのであった。そこでその樹に桑と名づけた。桑とは喪の意味である。それからというもの、農民は競ってこの品種を育てるようになった。」
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中国語で「桑」と「喪」は同じ発音(sang)。「桑」は柔らかい葉っぱが広がる形を表した漢字(新字源)
馬と蚕の共通点
・中国の陰陽五行説(万物を木火土金水の五つの性質を持つ物として分ける)では、羽のある虫は「火」とされ、十二支で馬も「火」とされる。
・馬も蚕も昔の人々にとって生活する上で必要な身近な生き物で馴染みが深い。
・蚕の幼虫が首を持ち上げた時、馬の頭に形が似ていると言われる。
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マヨヒガ
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マヨヒガ
遠野物語 六十三話
「小国の三浦某と云うは村一の金持なり。今より二三代前の主人、まだ家は貧しくして、妻は少しく魯鈍なりき。この妻ある日門の前を流るる小さき川に沿ひて薪を採りに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる黒き門の家あり。訝しけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鶏は多く遊べり。其庭を裏の方へ廻れば、牛小屋ありて牛多く居り、馬舎ありて馬多く居れども、一向に人は居らず。終に玄関より上りたるに、その次の間には朱と黒との膳椀をあまた取出したり。奥の座敷には火鉢ありて鉄瓶の湯のたぎれるを見たり。されども終に人影は無ければ、もしや山男の家では無いかと急に恐ろしくなり、駆け出して家に帰りたり。此事を人に語れども実と思ふ者も無かりしが、又或日我家のカドに出でて物を洗ひてありしに、川上より赤き椀一つ流れて来たりあまり美しければ拾ひ上げたれど、之を食器に用ゐたれば汚しと人に叱られんかと思ひ、ケセネギツの中に置きてケセネを量る器と為したり。然るに此器にて量り始めてより、いつ迄経ちてもケセネ尽きず。家の者も之を怪しみて女に問ひたるとき、始めて川より拾ひ上げし由をば語りぬ。此家はこれより幸運に向ひ、終に今の三浦家と成り。遠野にては山中の不思議なる家をマヨヒガと云う。マヨヒガに行き当たりたる者は、必ず其家の中の什器家畜何にてもあれ持ち出でて来べきものなり。その人に授けんが為にかかる家をば見する也。女が無欲にて何物をも盗み来ざりしが故に、この椀自ら流れて来たりしなるべしと云えり。」
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鴉呼ばわり
遠野物語拾遺 六十八話
「鴉呼ばわりと言うことも、小正月の行事である。枡に餅を小さく切って入れ、まだ日のあるうちに、子供等がこれを手に持って鴉を呼ぶ。村の彼方此方から、
鴉来う、小豆餅呉るから来うこ。
と歌う子供の声が聞こえると、鴉の方でも此日を知って居るのかと思われる程、不思議に沢山な鴉の群れが何処からか飛んでくるのであった。」
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小友峠
遠野物語拾遺 三十八話
「綾織から小友に越える小友峠には祠が祀ってあるが、このあたりの沢にはまれに人目に見える沼があるという。その沼には、海川に棲む魚の種類はすべていると伝えられている。もしこの沼を見た者があれば、それがもとになって病んで死ぬそうである。」
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ザシキワラシ
遠野物語 十七話
「旧家にはザシキワラシと云う神の住みたまう家少なからず。此神は多くは十二三ばかりの童子なり。折々人に姿を見することあり。土淵村大字飯豊の今淵勘十郎と云う人の家にては、近き頃高等女学校に居る娘の休暇にて帰りてありしが、或日廊下にてはたとザシキワラシに行き逢ひ大いに驚きしことあり。」
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河童
太郎淵
遠野物語 五十五話
「川には河童多く住めり。猿ヶ石川ことに多し。」
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姥子淵の河童
遠野物語 五十八話
「小烏瀬川の姥子淵の辺に、新屋の家と云う家あり。ある日淵へ馬を冷やしに行き、馬曳きの子は外へ遊びに行きし間に、川童出でて其馬を引き込まんとし、却りて馬に引きずられて厩の前に来たり、馬槽に覆われてありき。家の者馬槽の伏せてあるを怪しみて少しあけて見れば川童の手出でたり。村中の者集まりて殺さんか宥さんかと評議せしが、結局今後は村中の馬に悪戯をせぬと云う堅き約束をさせて之を許したり。其川童今は村を去りて相沢の滝の淵に住めりと云う。」
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賽銭箱傍に河童の置物。
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参考資料
「『遠野物語』を読み解く」 石井正己 平凡社 2009年
「新版 遠野物語 付 遠野物語拾遺」 柳田國男 角川学芸出版 1955年
「遠野のザシキワラシとオシラサマ」 佐々木喜善 宝文館出版 1977年
「捜神記」 竹田晃訳 平凡社 1964年
「角川新字源 改訂版」小川環樹 西田太一郎 赤塚忠 編 角川書店 1968年