
手話通訳のレスポンス力〜『同時通訳者の頭の中』②〜
音声言語の同時通訳のトレーニング法を手話通訳の学習に取り入れてみようという試みです。
前回の投稿はこちら。
参考図書は、関谷英里子著『同時通訳者の頭の中』。
この本の中で同時通訳者に求められる力とされている「イメージ力」と「レスポンス力」。
今回は、上記の2つの力のうち「レスポンス力」のトレーニング法について、この本に書かれてあることと、それをもとに手話通訳の学習について私が考えていることを綴ってみたいと思います。
「レスポンス力」を鍛える
同時通訳におけるレスポンス力とは、人の話を聞いてすぐに別の言語にアウトプットする「反応力」です。
「もう少しゆっくりしゃべってください」とは言わなくていいようになりたい、スマートに会話に入っていきたい、もっとプロフェッショナルな英語を使えるようになりたい、こんな思いを叶えるのが「レスポンス力」です。
手話でもレスポンス力高めたいです。
自分のペースでだったら言いたいことは言えるし、ゆっくりだったら読み取りもできる。でも、ろう者と自然なスピードで会話するには技術が足りない。ろう者同士の会話に加わるなんて、まだまだ…。
レスポンス力を上げて、スマートに会話に入っていきたいです。
文法の学習
この本で、レスポンススピードを上げるためにまず紹介されていたのは、意外にも「文法事項を押さえる」ことでした。
文法を理解していると英語の構造がわかっているので、どのような単語が使われるか予測しやすくなり、その分レスポンスのスピードが速くなるのです。
英語学習では「クイックレスポンス」「瞬間英作文」といった本がたくさん出ているので、「単語」や「フレーズ」が最初にくるのかな?と思いましたが、「文法」なんですね。
手話の文法を押さえる
日本における手話の文法研究は、音声言語に比べると歴史が浅く、まだ文法がしっかり整理され周知されている段階とは言えません。
従来の手話奉仕員養成講座では、「手話の基本文法」として7つまたは8つのポイントが紹介されてきましたが、「手話言語学」の研究が進むにつれ、手話の言語的特徴が次々と明らかにされ、新しいとらえ方が広まりつつあります。
手話言語学に関する本で、私がもっとも参照しているのはこちらです。
2015年発行。
私は、語学や言語学は好きなものの、あまり詳しくは知りません。
それでも、いつもろう者や私が使っている手話表現や、指さし、うなずきや眉の動きなどの非手指動作(NMM)に、「文末コピー」「モダリティ」「WH分裂文」「話題化文」などの文法的な名前がついていることを知って、とても嬉しくなりました。
たしかに、文法を知っていると、ろう者の手話を読み取る時に
「今のこの手話何だっけ?」
「なんで今この表現したの?」
と気になって止まってしまうことが減るような気がします。
また、
〈WH分裂文〉
今度 / 研修会 / 講師 / 誰 / 山田 //
(日本語訳)今度の研修会の講師は山田さんです。
〈モダリティ〉
彼 / 悩む / 続く / 本当//
(日本語訳)彼は悩み続けたのです。
のように表現すると、手話らしいリズムになって、ろう者に伝わりやすいと感じます。
上記のような手話表現は、ろう者の手話をたくさん見て、たくさん会話することで自然に身につく面もあると思いますが、手話の文法を押さえておくと、より効率よくマスターできるように思います。
手話の文法を学ぶ
手話の文法を系統立てて学ぶ機会はまだ少なく、学習者が自分で情報を見つけて吸収していかなくてはならない状況です。
現時点で思いつく学習法や書籍をいくつか挙げます。
NHK みんなの手話
Eテレで放送されている「みんなの手話」。
今、手話の文法を学ぶのにもっともやさしいのはこちらかな、と思います。
2015年から、手話言語学の知見を盛り込んだ内容になっています。講座のごく初期から「Yes-No疑問文」と「WH疑問文」におけるNMM(非手指動作)の違いを練習したりなど、学習者が自然と手話の文法を学べるカリキュラムになっています。
群馬大学オンライン講座
群馬大学手話サポータープロジェクト室では、オンデマンドで手話やろう文化を学べる講座がいくつかあり、2024年度に『日本手話の文法(1)(2)』という講座を受講中です。
とてもわかりやすい動画と資料で、期間中何度も見返すことができ、良い勉強になっています。
2025年度も開講してもらえたらまた受講したいです。
手話奉仕員養成講座
全国の自治体で開かれている手話奉仕員養成講座。
2024年にテキストが全面改訂され、指さしやうなずき、RS(ロールシフト)など、手話言語学の知見が一部採用されています。
手話言語学のトピック 基礎から最前線へ
2023年発行。
手話言語学についての現時点での最新版です。
当然ながら言語学をベースに書いてあり、言語学の用語がふんだんに使われていて、入口でつまづいています(汗)。この本を読むために別の言語学の入門書を買って勉強中です。
語彙力をつける
レスポンス力を上げるために関谷さんがもうひとつ重要視しているのが語彙力です。
同時通訳では、スピーカーの言葉に瞬時に反応して、ぴったりとくる表現を繰り出していかなければなりません。
文法力を押さえることで文の骨格をすぐに作り出し、その骨格の上に語彙、要は話の内容にぴったりとくる表現を乗せていくという感覚です。
この後、この本は単語帳の作り方についてのアドバイスに続くのですが、手話は文字がない言語のため、単語帳が作りにくいのが難点です。
全国手話検定で語彙増強
私はいつも、新しい言語を学ぶ時はまず単語を大量にインプットすることから始めます。
手話も同様に、学び始めた1年目に全国手話検定試験を受検し、その対策を通してたくさんの単語を覚えました。
全国手話検定試験は毎年秋に行われます。
5級から1級まであり、準1級までは級ごとの出題単語が決められています。
毎年発行される対策本には、巻末に全級の出題単語のリストが掲載されていて、DVD付きで学習できるようになっており、5級から準1級まで学習すると2600語を覚えることができます。
手話の単語は、音声言語と同じく地域によって差があるものもあり、DVDで学んだ手話表現が地元で通じないことも時々あります。
それは実際の会話の中で修正していくとして、手話学習の土台としてひとまず2600語を学んだことは、その後の学習をとてもスムーズにしてくれたな、と実感しています。
「いきなり2600語はハードルが高い」と感じられる方は、3級までの1400語から始めるのもおすすめです。手話奉仕員養成講座の受講経験があれば、3級までの単語の半分くらいは知っている単語です。これくらいの単語が使えると、日常会話がいろいろと楽しめます。そこから2級、準1級と少しずつ語彙を増強していく方法が、無理なく楽しく学べて良いかもしれません。
シャドーイング
この本の第3章では、同時通訳者の学習法が紹介されています。その中でレスポンス力を鍛えるトレーニングとして紹介されているのが「シャドーイング」です。
シャドーイングは、(中略)音声を聴きながら、聴こえてきたままの音を再現するという練習法です。これは聴いた音をすぐに再現する反応力を鍛えるためのいわば脳の筋トレです。
シャドーイングのトレーニングは、手話の学習でもよく行います。手話のネイティブスピーカーであるろう者の表現を再現することによって、単語や文法的な要素に加えて、「間」や「リズム」など手話の言語的特徴を直接身体に取り入れることができ、効果を感じています。
関谷さんは、このシャドーイングに2つのステップを設けています。その2つのステップを手話に置き換えると以下のようになります。
はじめは
①目に入ってきた手話を、意味を考えずに手話で再現する。
手話のスピードについていくのに必死で意味を考える余裕がないからです。
慣れてきたら、
②目に入ってきた手話を、意味を理解しながら手話で再現する。
②ができるようになると「理論的にはもう同時通訳はできる」のだそうです。
シャドーイングは聴いたままの音を繰り返す作業ですが、同時通訳はそれを単に別の言葉に置き換えて行う作業だからです。
意味を理解しながらシャドーイングができるのなら、そのアウトプットを日本語にすれば同時通訳ができるのです。
…え、同時通訳ってそんな簡単なこと?
と思ってしまいますが、実際にやってみると、「意味を理解しながらシャドーイング」するのがなかなかの難関です。
まとめ
文法×語彙×シャドーイング。
これまでなんとなく積み重ねてきた学習が「反応力」を育ててくれているのだと思うと、わくわくしてきます。
文法の学習については、今年度受講している群馬大学のオンライン講座が3月17日まで見られるので、あと1〜2周したいです。
シャドーイングは、時間がかかる印象があってなかなか取り組まないのですが、逃げ回らずに頑張ってみます。
次の投稿では、同時通訳者に求められるもうひとつの力「イメージ力」について書く予定です。