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【小説】No.01 歌劇


 森の奧に、小さな庭がある。
 そこでは十人ほどの少年少女が集団生活をしている。
 物心が芽生えた頃から、彼ら(または彼女ら)は、生殖を叩き込まれ、「穢れ」を恐れた。排卵を止めて少女でいようと思ったし、射精を管理して少年でいようとした。成長を良しとせず、まるで成長に殺されるような高揚すら在った。反論し、唇を殺せるなら見せて欲しいとすら思っていた。それが現れることに期待すら在った。命が輝くのは、深く巨大な不安が在るからだと識っていたのだ。それはおそらく本能で象られた傷痕である。
 とある女学生は、不妊が少しも恐ろしくなかった。男性の下腹部に興味が無かったのだ――“彼女の聖愛は、おそらく裁判と火炙りに遭ったのね。” もちろん昼食のサンドウィッチにマスタードは使わず、ピクルスもいれない。タマゴサラダと白いバンズを、陶器のような肌理細かな指先で愛でた。
 昼のあとは、菓子を好んで食した。精巧で、わずかな悪ふざけ。ビスケットとクッキーどちらにするか毎日タロットで決めた。正位置の恋人は存在しない、間引かれた十三枚のタロット。不文律を認めないのは、なによりも耽美だった。戸棚には無遠慮に餌がある。空腹から貪ることも易かったが、彼ら(彼女らと言うべきか)は優雅を尊んだ。ティーカップの縁へ丁寧にキスマークを落とし、ミルクを入れてなお食道を火傷させるような熱いミルクティーには多くの角砂糖を。まるで投身自殺の模写のようにダイブさせる。目を伏せた先で手を重ね、宵のくちづけの約束をした。彼ら(おおよそ彼女ら)は、眠る前に同性のメイトとくちづけをする。相手は契約した者のみ。いつか病に倒れたら、白い花弁を贈る契約者。ふたりで世界で一番新しい幸福のダンスを踊るためだ。踵には美しい鈍色の肉刺ができた。痛みは生きている証、血は涙の代わり。この踊りには、蠱毒の意味が在ることを、誰も気付かなかった。既に、ほぼ全員が重罪人だった。あの森の奥で毎晩・毎日・毎朝と禁忌を犯し、命を折り続け、産まれてきたテーゼを踏み躙った。⬛︎⬛︎⬛︎い。言えれば簡単だ。ラストシーンできっと骨を祈る。最終回で血を流す。それでも美しいのだから、総てを取引しても、後悔など懺悔など、ないのである。
 森の奧で、小さな箱庭のなかで、彼ら(もしくは彼女ら)は今日も踊り続ける。画策された大人たちのためのショーであっても。どんな意味があっても誰も止めない。誰にも止められない。幸せの踊り、呪いの掛けられた踵が今日も痛い。それが生きているようで心地がいいの。繰り返される恐ろしく純粋で濁った愛にひどく似た幸福――そうだ、幸せ。幸せ、幸せ、幸せ。幸せだ。幸せだね。ええそうね。

(了)

20230531 menof

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