お酒に弱いと言った、たとえばあの子が
そういえば私には、目に焼き付いてずっと頭から離れない女の子がいる。
ある日、銀座から一緒に最寄り駅まで、終電に揺られて帰った女の子だ。
あれはゼミの後輩で、たしか名前を井川奈沙といった。
その日はゼミの飲み会で、「そろそろ終電の人もいるから帰ろうか」という話になったのが午後11時頃。
田舎者みたいに銀時計の前で集合写真を撮り、その日は解散となった。
乗り換えアプリで、調べて「自分〇〇線なんで」と言った。
飲み会メンバーの一人が、XX方面ですか? と話しかけてきた。
その子が、前述の井川奈沙だった。
話しているうちに、奈沙と最寄り駅が一緒であることが判明した。
「一緒の駅の人がいて心強いです」と奈沙は言った。
そういうもんかね、と思ったが、私は特に肯定も否定もしなかった。
複数回の乗り換えをして、とある私鉄の最終電車に乗り込んだ。
その電車は、つり革に捕まるのがやっとなほど混んでいた。
奈沙は、その一日の疲れが出たのか、つり革に捕まったまま、うとうととし始めた。
お酒で酔っ払ったのか、頬はほんのりと赤かった。
電車が駅につくたびに、次第に乗客は少なくなり、ようやく席が空いた。私は彼女の肩を揺すって起こし、座るよう促した。タイミングよく、その隣の席も空いたので、私はそこに座った。
「私、お酒弱いんですよね」と奈沙は言った。
「すぐこうして眠たくなっちゃうんですよ」
それは少しとろけたような声だった。
奈沙は、隣に座る私の肩に、少しばかり寄りかかっていた。
「へえ、そうなんだ」と私は言った。
彼女は、私の所属するサークル名を言った。
「そこ、入ってますよね?」
「よく知ってるね」
「ああ、知り合いがいて、それで――」
私は、彼女の同級生の名を一人挙げた。
すると彼女は「まあ、はい。知ってますね」と、極端に歯切れ悪く答えた。その顔には少し困惑の色が浮かんでいた。
肩にかかる彼女の重さが、少し軽くなった気がした。
最寄り駅に着き、お疲れさまでした、と言った奈沙は、かくしゃくと歩いて私とは異なる出口に向かって歩いていった。
その姿は、先程までのほろ酔い具合からはややかけ離れていた。
まあ、帰れるならいいか、と私は思った。
あのとき私が名を挙げた人物が彼女の元カレだと知ったのは、その数日後のことだった。
話はそこから数カ月後のことになる。
数カ月後、私はゼミの合宿に行っていた。
そこには当然、奈沙もいた。
夜になり、懇親会すなわち飲み会が開かれた。
私は、奈沙とは少し離れた位置で、別の知り合いと話しながら飲んでいた。
「井川さん、お酒強いの?」と先生が訊いているのが聞こえた。
「いえ、そんな強くないです」と奈沙は否定したが、それを、そばにいた別の学生が即座に否定した。
「いえ、私、奈沙と同じサークルなんですけど、奈沙、めちゃくちゃ強いですよ。日本酒とかガンガン飲めるタイプです」
待て。なんだか聞いていた話と違わないか?
そう思って奈沙の方を見ると、奈沙は私を目で牽制していた。
「言ったら殺す」
そう訴える眼差しがそこにはあった。
私は、その会話についてなにかコメントするのを控え、そのまま近くにいた同級生と雑談を続けた。
私と奈沙の付き合いと言ったら、実のところその程度しかない。
けれど、私の頭に、彼女はどうにも焼き付いて離れない。
私が思うに、たとえばあの子は透明少女――。