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大学生、大地に立つ #5
思い出したくないこと
先日、中学の時に初めて恋愛をした人が夢に出てきました。
その人は幼稚園からの付き合いで、中学は離れてしまったものの、塾で会ったり、SNSでやり取りしたり、仲良くしていました。
僕が彼女のことを好きになったのは、中学の秋頃でした。
その頃の僕の中にあった選択肢は、好きであるか、そうでないか。
未熟な僕には、それ以外はありませんでした。
それ故に、脆かった。
僕の方から拒絶した。
一方的に好きになって、一方的に拒絶した。
今となってはどこに住んでいるのか、どこで何をしているのか、彼女の一切を知り得ません。
それでも、確実に言えることがある。
彼女が僕の人生にとってどれほどの意味を持っていて、そしてどれほど必要のない人間だったのかということ。
忘れたくても忘れられない
齢十六、僕は人生で一人の人を愛し続けるという重荷を背負いました。
大袈裟に言っているのではありません、間違いなく、僕は今、重荷を背負っている、これからも背負い続ける。
彼女に出会ったのは、ある日の放課後でした。
初対面なのにやけに馴れ馴れしい、それでいて嫌味を感じさせない、ふしぎな人でした。
仲良くなって、お菓子とかお弁当とか作ってもらって、ジュースを奢って、喧嘩をして、泣かせて、一時は絶縁になって、僕は本気で死にたいと思いました。
彼女の愛らしい笑顔、人懐っこい性格、そして、真っ直ぐに人を大切にできるというその暖かさ、僕は本当に心の底から、彼女という人を好きでした。
仲直りをしてからというもの、高校のコースが違うので会えることは少なかったですが、たくさん電話をして、沢山笑いました。
紛れもなく、あの時間は僕にとっては何十年とも替え難い、密度のある数ヶ月でした。
ある日僕と彼女は、初めて2人で会うことになりました。
僕はその一週間前まで持病で入院していて、退院祝いとして遊びに行こうというものでした。
僕は純粋に嬉しかった。
田舎なので、遊ぶと言えばショッピングモール。
わけもなく館内をうろついて、ふざけて写真を撮り合って、フードコートでご飯を食べて。
そんなありふれたことが、僕にとっては幸せでした。
夜になって、いつもの仲良しグループの一人と合流して、3人でまた駄べりました。
とても幸せでした。
バスの時間があるので、僕は一足先に帰ることに。
「今日はありがとう。」
それが、僕が彼女に言った、最後の言葉になりました。
彼女は、僕と遊んだ翌日の夜、この世を旅立ちました。
16歳という、若すぎる旅立ち。
僕が彼女の死を伝えられたのは、その翌日、文化祭前日で、とても忙しく動いているときでした。
僕はその知らせを聞いた時、信じられませんでした。
驚愕しました。
脱力しました。
悲しみました。
それでも、それをクラスの皆に感じ取られるまいと、必死に気丈に振る舞いました。
家に帰ると、僕の母親は、僕の異変にいとも簡単に気づきました。
「ただいま」
と言っただけ、ただそれだけなのに、親と子には神通力でも存在するのでしょうか、学校で何があったのか、と詰めてきたんです。
僕は正直に、大切な人が亡くなったと打ち明けました。
食卓に並べられた夕食、それを母は食べなくて良いと言いました。
僕は風呂に入って、いつもより早めに自分の部屋に引っ込みました。
不思議なことに、部屋に入った瞬間、涙が溢れました。
それ程までに、僕の心は壊れていた。
散々泣いた後に、親友の顔が頭に浮かびました。
そして、もうそれしかないと思い、電話をかけました。
アポも取らずに。
親友は出てくれました。
そしてその瞬間、泣きました。
泣くということが、その時の僕にできる最大限の感情表現だったからです。
文化祭2日間の記憶はまるでありません。
文化祭が終わったその夜、お通夜が執り行われました。
一番悲しいのは、家族なんだ、家族の前では泣くまいぞ、自分。
通夜中、それを自分に言い聞かせ、涙をこらえました。
そして通夜が終わり、何とか涙を流さずに済んだと、ほっとしつつ、本当の別れを目の前に突きつけられた絶望に打ちひしがれました。
葬儀場の係の人が、最後のお別れをどうぞと言い、僕ら参列者を棺へと促しました。
泣くまいぞ、とあれほど言い聞かせたのに、彼女の綺麗な死に顔を見た瞬間、人目もはばからず号泣していました。
帰る時も泣いていました、出口付近にいる彼女の家族になんて目もくれず、ただただ泣いていました。
人の死の前には、いかなる精神力も無力。
そう思い知らされました。
そして僕は、ついに残酷な現実を知ってしまったんです。
僕は彼女に恋をしていた。
それを友情ということにかこつけて、自分に嘘をついていたのだと。
そして、最後の最後、彼女に「好きだ」と言えぬまま、愛した人を失ってしまった。
せめてもの救いとするならば、どんな形であれ、彼女に感謝の言葉を送れたことか。
それからもう2年と半年、彼女を愛することを未だやめられていない。
そして、今後どんな恋をして、誰かと結婚し、子供を授かろうとも、僕は彼女のことを忘れはしないし、ずっと愛し続けるのだと思います。
それを愛と呼ぶも、覚悟と呼ぶも、はたまた呪いと呼ぶも、これを読んでいるあなた次第というものです。
ただ一つ、これが皆さんに到底立ち入ることのできない、僕だけの領域だという事実だけは揺るぎません。