初 投稿 ショートショートです。

2017年ごろに、大学課題で執筆したショートショートを自己紹介がわりに投稿したいと思います。「地の文」のみで作るストーリーがテーマになっている作品です。何かと読みにくい部分も多々あるかと思います、ハードルを下げて楽しんでいただけたら幸いです。

妄想ファンタジー

『スリーピング・ビューティー』

 さざ波ひとつないなめらかな水面を、どこへいくあてもない海月のように、小舟がゆらゆらと漂っていた。満天の星空を鏡のように映し出した水面が、宵やみ色の空と水平線の遠くで同化している。それはまるで、宇宙の真ん中を摩擦なく、小舟が進んでいくような感覚。膨大な数の星々と、宇宙の運河の流れの中に身を置き、方位も上下左右もわからない場所で、前進しているのか後退しているのかさえも感じ取れなくなるほどに同化した空と海の中に、たった一隻の船が浮かんでいる。小舟の上には真っ白のワンピースを着た、艶やかな黒の長髪に、色白できめ細やかな素肌をした、華奢な女性が一人、横たわっている。小舟は変わらずゆらゆらと、水の上を漂っている。
 何十時間もの時が、星座とともに移り流れていく。それでも彼女が目を覚ますことはない。身体が時間の経過とともに老いていくこともない。移ろいゆく時間の中で、この空間と彼女だけが不変の存在になっている。そして相変わらず、ただただ星明りの下、水面をゆらゆらと漂っている。さらに永なる時が、不変なる彼女を置き去りにして、過ぎ去っていった。
 時が数十年単位で過ぎ去っていくにつれ、少しずつ木製の小舟に、歪みや傷みが現れてくる。小舟の先端部や水に触れている部分が少し、また少しと傷み、形を留めることが困難になって行く。徐々にくすんだ色へと船体も変化していく。それでも彼女は起き上がることはなく、深い深い眠りの中にいる。やがて小舟がいよいよその寿命の限界を迎えようとし始める頃、燦々と煌めく太陽が宵やみ色の空に、水平線の彼方から割って浮かび上がり始める。
2、3時間のうちに太陽は、夜を破って天上近くまで上りつめる。水面もまた、その輝きに活力をもらいキラキラと光り輝く。太陽の照りが活力を、母なる海に与える。するとみるみるうちに海中に魚たちが、その体に色とりどりの生命を授かり泳ぎ始める。魚たちの泳ぎによって、海は波を作りだし彩豊かな魚たちとともに、彼女を乗せた小舟を優しく運び始める。彼女はまだ起き上がらない。
 小舟は最後の力を振り絞り魚たちとともに、波に導かれ進んでいく。船底にできた穴は、魚たちが塞いでくれた。強い波が来ると白イルカたちが防いでくれた。そうして小舟は前へ前へと進んでいく。船体の傷みが波に耐えられなくなり、船底の穴が魚たちだけでは守りきれなくなり始めたころ、数キロ先に一つの島がその姿を見せた。最後の力を振り絞り、小舟はなんとか彼女に傷をつけることなく、島の浜辺へとたどり着いた。ただ、彼女はまだ目を覚まさない。
 小舟は島にたどり着くと同時に、生気を失い急速にボロボロと舟の風化が始まった。小舟は彼女を残して崩れ去ることを悲しみながらも、無事に島へとたどり着いたことに安堵したのだ。そして彼女をこの島にある大地の樹の元へ送り届けるようにと、近くにいたシロテナガザルたちに託してその生涯を終えた。サルたちは、彼女を大切に、大切に、大地の樹の元へと運んでいった。サルたちは、大地の樹のすぐそばの青々と生い茂る苔のベッドに彼女を寝かせた。彼女を優しく包みたいと思い、苔や周りの草木たちは、その身に花をつけ始めた。花の周りには、ミツバチや蝶、てんとう虫などが集まり、いつしかあたり一面が花に囲まれた空間になっていった。
 大地の樹の葉をすり抜けて、柔らかな日差しが森に降り注ぎ、一面には花が咲き乱れ、森にはたくさんの動物や虫たちが集まり出す。そして皆が、彼女を見守り、いまか、いまか、とその目覚めを待っている。それでも彼女はなかなか目を覚まさない。大地の樹の下、花たちは幾度となく咲いては枯れてまた咲いて、動物たちは何世代も血を受け継いでいった。
 ある日の朝、森の動物たちが騒ぎ出した。彼女が流れ着いた浜辺に、真っ黒なびしょ濡れのローブを羽織った、一人の男が流れ着いたのだ。シロテナガザルたちが様子をみにいく。彼の近くには壊れた船の破片が流れ着いていた。どうやら彼は漂流中に、船が壊れ偶然この島に流れ着いたようだった。大地の樹と森の生き物たちは、相談の末、彼を樹の下、彼女とは反対側に苔のベッドを作り看病することにした。不思議なことに彼がいる場所の周囲は淀みがなく、綺麗な空気に満ち溢れていた。彼はどうやら淀みを自らに引き受けることで、周囲のものを清浄にし、機能できるようにすることができる存在のようだった。しかし、そのせいか、彼自身の回復が一向に見受けられない日々が続いた。
 看病を始めてから、五十年の歳月がすぎていったが、彼は一向に起き上がることがない。そしてやはり彼女も同様だ。彼のおかげで森はいつも清らかな空気に保たれ、彼女の周りもまた花々とともに、優しく清らかに包んでいた。それども一向に彼らが起き上がる様子がないことに苦心した、大地の樹は、周りを清らかに保ち生気を与える彼を、周りの物に愛され、周りのものが自ら活力を発揮し守ろうとする彼女の傍に寝かせることにした。
 二人が寄り添って眠り始めて一年がすぎた頃、彼の体には生気が戻り始め、溜め込んだ淀みを、自ら清浄なものへと変えていった。さらに一年後、ついに彼は目を覚ました。彼はゆっくり起き上がり、大地の樹や動物たちと会話しこれまでのことを聞いてまわった。そして自分が再び起き上がれたのは、彼女のおかげだと知り彼女の手を握り、頬に感謝のキスをした。すると彼女の指が少し動くのがわかった。動物たちは、彼にもっと心を込めてもう一度キスをするように促した。大地の樹は、彼に彼女の唇にキスをするようにと促した。彼はもう一度、感謝の気持ちを込め、彼女の唇に口づけをした。すると彼女の中にあった宵やみ色のくらい淀みが、体から抜け出ていった。淀みが抜けきると、色白だった彼女の頬にほんのりと赤みをおび始め、生気が体に湧いていくのがわかり。動物たちは喜び駆け回り、草木は花を一斉に咲かせて祝福した。
 彼が見つめる中、彼女の目が、今、開こうとしている。


fin



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