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綿矢りさ『ひらいて』

先に言っておくが、私は、人を好きになること、にとても不器用な人間だ。

私は書店で、綿矢りさの本を手に取った時、必ず懐かしさを感じる。それは、一瞬にして21歳の自分ではない、小学生の自分がこの本を手に取ったような感覚、いわばタイムスリップしたような感覚に陥る。

綿矢りさの作品を初めて読んだのは小学6年生だった(あれからもう10年経つのだなぁ)。当時、芥川賞(2004)を受賞し、書店で大きく飾られていた記憶がある。マスコミメディアでも取り上げられていた。

『蹴りたい背中』
私はこの本を買った経緯を覚えていない。いつだって本を選ぶときは直感である(今でも)。
ただ、何年も経った今、タイトルも筆者も覚えている作品は数少ない。当時の自分にとって大きな衝撃だったのかもしれない(文学に触れたことなんてなかった)。

そして本論に戻るが、小学生の自分を思い出しながら手に取った本が『ひらいて』だったのだ。

そしてこう書いてあった。

【『蹴りたい背中』以来待望の女子高生小説】

私は既にレジへと並んでいた。この帯にあるたった17文字に誘惑されたのだ。このたった17文字で、かつて読んだ『蹴りたい背中』を思い出したのだ。そうだ、そういえば女子高生の話だった。女子高生となんともぱっとしない男子高生の話。(言うてどちらもぱっとしない二人だった)

読みたい読みたい読みたい読みたい

私の大好物な恋愛モノだ。

【もう一回やり直そうよ、ファーストキス】

読みたい読みたい読みたい読みたい
私の大好物な恋愛モノだ!!!!

私は読んだ。読んだ。読んだ。

「騙された!」

と思った。
「もう一回やり直そうよ、ファーストキス」この言葉は、私の想像を遥かに超えていた。こんなの聞いてない!!という展開が待ち受けていた。

『ひらいて』を読んで
この物語は、三人の人物によって話が進んでいく。

華やかでモテる女子高生、愛。
哀しい目をした地味男、たとえ。
問題を抱える美少女、美雪。

これは、ただの三角関係ではない。
◎〜あらすじ〜
華やかでモテる女子高生、愛が惹かれた相手は、哀しい目をした地味男子。自分だけが彼の魅力に気づいているはずだったのに、手紙をやりとりする女の子がいたなんて。思い通りにならない恋にもがく愛は予想外の行動に走る。

◎名前の話

あらすじにも、冒頭にも、彼の名前は出てこない。
「彼の名前をノートに書いて、上からシャーペンで黒く塗りつぶす。彼の下の名前はすごく変わっている。」

私はまず、愛のこの行動に共感をした。若干対象物は異なるが(私の場合はアイドル)、好きな人の名前を書いてしまうのは女子高生あるあるなのではないかな。そして、彼の名前に興味を持つことになる。

「ご両親はどうしてこの名前にしたんだろうね」
「知らない」
「本当?普通聞かない?自分の名前の由来とか」
「聞かない」
(この会話は、読み終わった後に読み返すととても残酷のように思えた。)

「でも、いい名前だよね」
「え?」
「意味ありげで、謎めいていて、でも響きが綺麗で。素敵な名前だなって、一年生の時から思ってた。でも、一年生の時はね、たとえば、のたとえだと思ってた。イグザンプルの方ね。でもこの前、西村くん、国語の授業で朗読したでしょ。そのなかに、違う用法のたとえが出てきて、もしかしたらこっちの意味なのかもしれないと思ったの。ほら、あの文章だよ、たとえ五千年の歴史が、どんな誤りを犯していても…忘れちゃった。えーと、ごめんね。変なこと言って」

「別に、変じゃない」
「え?」
「名前についてそんなに色々と考えてもらえたの初めてだ。なんでもない。ありがとう。それじゃ」

彼の名前は「たとえ」である。ちなみに言うと、このシーン、この20頁目にして私は「たとえ」に対するもっと知りたいという好奇心は最大値になった。(人見知りなのかな?恥ずかしいのかな?照れてる?どうしたの!?って心の中で叫んだ。)
そして私は、愛の感性は素晴らしいということに気付く。この物語を読んでいくほど愛の感性に興奮や恐怖、興味が芽生えていく。
また、たとえにとって禁断のワードが名前の話ではない(のかもしれない)ということが後々わかることとなるはずだ。

また後半に自分の名前をひどく傷つけるような愛の心情を、表す文章に出会うことにもなる。(124頁)

◎手紙とたとえ
ある日、たとえがロッカーの隅に隠れて手紙を必死に読んでいる姿を見てしまった愛は、その手紙が気になってしょうがない。ひょんなことから、愛は学校に忍び込み、たとえの机の奥底にある手紙を盗む。すると、差出人に「美雪」と、書かれてあることを知る。

◎美雪について
美少女が入学した、と騒がれた美雪は、友達がいない。入学してすぐ、インスリンの注射を自らみんなの前で打ったことが理由である。そして、たとえの彼女である。差出人も、同じく。

◎三角関係
私は騙された、と書いた。
「もう一回やり直そうよ、ファーストキス」この言葉は、愛が言われたわけでも、たとえが、言われたわけでもない。美雪が愛に言われるセリフだ。

愛は美雪に近づき、たとえと繋がろうとする。美雪からたとえとの関係を聞き出す中で、キスもセックスもしたことがない(5年ほど付き合っていることが判明する)という美雪に苛立ちを覚える(または嫉妬)。
「西村くんとキスしてないってことは、あれが美雪のファーストキスだったの」
「あれって愛ちゃんとしたの?ふふ、そうだね。あれが初めて。最高のキスだよ、危機を救ってくれた助けのキス」

「もう一回しようか」

ここで言っておきたいのは、最初のキスは助けのキスであること。糖尿病で血糖値が低くなり倒れた美雪を助けるためにジュースを口移しで飲ませたという経緯があることを付け足しておく。

すべては勢いでそういう関係になってしまう二人。(この後凄く面白いことになる)
何が言いたいかって、ものすごくドロドロな三角関係が始まったセリフであるということと、「もう一回やり直そうよ、ファーストキス」のセリフに対する期待をいろんな意味で裏切られたということだ。

◎たとえの言葉

「それが、木村の本当の笑顔か。まずしい笑顔だな。いつも君が完璧に作っている笑顔とはくらべものにならないくらい、まずしくてわびしい。瞳がぼんやりしすすけて、薄暗い。自分しか好きじゃない。なんでも自分の思い通りにしたいだけの人の笑顔だ。一度くらい、他人に向かって、俺に向かって、微笑みかけてみろよ」

極め付けは
「お前みたいな奴大嫌いなんだよ」

このセリフも、後に読み返すと頷ける部分が見られる。初めてたとえの怒りが表現されている。今までの愛の行動を、全て見透かしたような言葉たち。たとえにある、「なにか」と重ねて「お前みたいな奴」と表現している。

この作品のキーパーソンは愛でも、たとえでも、美雪でも、ない。たとえの父である、と私は感じている。
もし、この記事を見て、少しでも興味を持ってくれた人がいるならば、私は先を言わない方が良い。この先割愛。

◎ひらいて

「おまえも一緒に来い。どうにかして、連れて行ってやる」

「ありがとう。でも鶴をもう、折ってなくて」
「折れ」

私はもう泣くしかなかった。
かつて愛は、折ると祈るは似ていると。たとえのことを思っている時、考えている時はいつだって鶴を折っていたのではないか。

「ひらいて」
この物語には、この言葉なしでは終わることができない。

私は、人を好きになること、にとても不器用な人間だ。
とても悲しいことだと思う。
泣きながら読み終えた。
クラクラしながらも、恋がしたいと強く思った。(現実には目を向けたくないが)

愛のように、自分を好きになってもらう自信も欠け落ちている。
たとえのように、誰かを守りたいと思える強さや忍耐もあるとは言えない。
美雪のように、誰かのために生きる、他人を思う十分の一ほども自分を大切にしない人間にはなれない。

だから、私も、むこうみずの狂気を抱いて突き進みたい。

「ひらいて」
さぁ、私は誰にひらいていこうかな。


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