ショートショート 「変身ベルト」
「変身ベルト」
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「僕の夢は仮面ライダーになることです!」
天真爛漫という言葉がぴったりな少年は、
オモチャの変身ベルトを腰に巻き、無邪気に語っていた。
不思議なもので、
たった十数年のうちに、
少年は青年になり、
"無邪気"、"天真爛漫"という言葉はどこかへ置いてきてしまったようだ。
いつの間にか夢は語らなくなっていた。
青年は紳士服を売る仕事に就き、
興味の先を変身ベルトからスーツ用のベルトに移したことは、
何か導かれるものがあったのかもしれない。
しかし、彼の販売の仕事の出来栄えは、
誰の目から見てもヒーローと呼べるものではなく、
どちらかと言うと、ヒーローに助けられ続ける迷惑キャラクターのようだった。
「申し訳ございません。」
「ご迷惑おかけしました。」
これが口ぐせとなっていた。
いつものように商品整理をしていると、
商品の広告コピーが目に入ってきた。
"別人に生まれ変わる変身ベルト"
「こんな商品あったけ?」
彼も店舗の商品は把握していたが、このベルトは見覚えがなかったようだ。
残りも一点のようだった。
「この前の棚卸しが漏れてたかな。バレるとまた怒られるな。」
彼はこのベルトを社割で購入した。
「お疲れ様でした〜。」
残業を終え、彼は帰路についた。
「あ、そういえば。」
思い出したように彼は昼間購入したベルトを装着し、新しいベルトで帰ることにした。
「一人だけど、一杯飲んで帰ろう。」
大衆居酒屋ののれんをくぐってしばらくして、異変に気がついた。
店がざわついている。どうやら注目を浴びているようだ。
見た感じ、自分の身なりになんら変化はない。
「昼間は先輩にも何も言われなかったし。ベルトがそんなに変かな?」
構わず彼はビールを注文した。
注文を受ける女子大生バイトの店員の声がうわずっていた。
ビールを運んできたタイミングで、さっきのバイトが話しかけてきた。
「あの〜、俳優のMさんですよね?めちゃめちゃファンなんですっ!」
明らかにバイトは彼に話しかけていた。
不思議に思い、持っていたiPhoneで確認すると、
彼とは別人の端正な顔立ちの青年が写っていた。
彼はパニックになり、支払いもせずに慌てて店を出た。
「なにが起こっているんだ!?」
「あのベルトだ。あのベルトをするまでは普通だった。」
数時間後、端正な顔立ちの彼はビールを飲んでいた。
開き直り、生まれ変わった自分を謳歌しているようだった。
「そうだ、生まれ変わるんだ。」
その日は夜遅くまで楽しんだ。ここ数年で一番の夜だったと彼は話している。
楽しい夜の途中、トイレに行って彼は気がついた。
「なるほど、ベルトを外すと元に戻るわけだ。」
数ヶ月後、彼のベルトが切れてしまった。
もう別人にはなれなくなってしまったのだ。
彼は自分の家から出られなくなった。
そこで私たちの登場だ。
「弊社の変身ベルトはいかがでしたか?もしよろしければ弊社の変身ベルト研究にご参加いただけないでしょうか??」
「こちらこそよろしくお願いいたします。」
うまくいった。
改造人間「仮面ライダー」のモルモットが一人増えた。