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えがたい男友達

何をどう足掻いたって女という生き物である私は、男という生き物と本当の意味で仲良くなる場合、大方は部屋のコンセントが、PCの配線がぐちゃぐちゃで、床には埃が溜まっていて、本棚には雑然としたよくわからない漫画が突っ込まれている必要があると思う。
マンションのフロントオートロックは少し親しくなった友人ならば大抵解錠番号を知っていて、もはや意味をなしていない。開けっぱなしの玄関ドアは信じられないくらい無防備で、扉を開くと、高い靴も安い靴も関係なく所狭しと積み上げられている。
天井まである本棚にはサブカルクソ人間さん特有のあの虹が目立つ。部屋の広さに対して不釣り合いなくらい沢山あるモニターは唸りを上げて、休むことなく熱を発し続けていた。

おい外バカ気持ちがええぞ、散歩しながら飲まん?
私の家から自転車で8分の所に住んでいる男友達から連絡が来たのは、深夜1時。延々と降ってくる終わりの見えない仕事を捌いていた時だった。
平日の夜にどうしたの、仕事は?
明日から6連休なんだよね、いいっしょ。
深夜に会う男女の温度感からは乖離した、さっぱりとした空気がそこにはある。湿ったぬるい会話もない。少し肌寒い空気にびっくりしつつ、すっぴんの私はそんなことも気にせずに屈託なく笑った。フェイスバンドで前髪を上げた彼の顔には眉毛の存在感がない。昔、彼からもらい煙草をしすぎて同じ銘柄になった煙草を、地べたに座って2人で吸った。買ったばかりのピンピンの箱に、ちゃちい緑色のライター。2人の口からは、飽きもせず同じ匂いの煙が吐き出される。

彼と出会ったころ、彼はFラン大学の法学部生で、記憶が正しければ吉祥寺に住んでいて、所謂サブカルクソ男みたいな見た目とは真反対の、温かい家庭で育った人特有の物腰の柔らかさがあった。彼は暇が作り出した憂鬱にいつも支配されていて、よくわからない鬱病みたいなクネクネした文章をSNSで吐き出して、よくわからない囲いみたいな女が沢山いた。彼は絶えずいい匂いがして、笑うと目がきゅっと細くなって、細い縁の神経質な眼鏡がよく似合った。
そして私と同じで、薬物に支配されていた。はるか昔の話だけどね。私たちはよく違うタイミングでオーバードーズをして、日本語になっていない文章をお互いに送り合った。

ある夏の日、彼と私を繋げてくれた友人と3人で、彼の家でオーバードーズをした。そしてまた、日本語になっていない文章を、言葉を、3人でSNSにぶちまけた。その日私たちは気がついたら眠っていて、彼の匂いが染みついた、とてもいい匂いのベッドで目覚めたような気がする。3人とも寸分違わず薬でぼやぼやになった頭で、ただぴったりとくっついて眠った。彼の髪の毛は相変わらずいい匂いだった。

私たちは、何度もサラサラとした夜を飛び越えて、何度もドロドロとした言葉を交わしあった。私たちは、共通の友人と鍋をしたり、ボロボロのボングを回したり、シーツで村を作って小1時間笑ったり、始発が出ていない時間に渋谷から目黒まで手を繋いで歩いたり、bacicaでベロベロになった女友達と3人で三角形になってキスをしたり、彼と私を繋げてくれた友人と私自身の関係が壊滅的が悪化して遊ぶことがなくなったり、していたけれど、私たちはそれなりに、ひとりぼっちだったり、ふたりきりだったり、さんにんになったり、よにんになったりしながら、付かず離れずうまくやってきたと思う。

川に向かう途中、私が恋人と買った高価な電動チャリを2ケツしていた私たちは、そのチャリを盗んだと疑われて、警察に職質を受けた。舐めてかかって煽るような口調で質問を発する警察官に、あいも変わらず物腰柔らかな口調で応える。愛されて育ってきたんだな。そう感じた。2ケツの時、私の腰を掴んでいた腕は信じられないくらい細い。彼は私に会う前の日に歳をとり、私と出会って6年経ち、夜に日本語じゃない連絡をよこしてくることもなくなった。
河川敷は思いの外肌寒くて、冷たい風に体を冷やされながらも、お互いがぽつぽつと昔の話を掘り起こして、叫んだり笑ったり懐かしんだり驚いたりした。私の体に馴染んだ思い出達はすっかり息を潜めていたけれど、深夜電動チャリを2ケツして川までお酒を飲みにきた私たちは、間違いなくあの時の私になっていたし、間違いなくあの時の彼になっていた。私はあの時の温度も、友達のことも、聴いた音楽のことも、信じられないくらい高い解像度でビビッドに思い出すことができた。

アラサーになっても、60歳になっても、なんなら、顔にたっぷり皺がきざまれたおじいちゃんとおばあちゃんになっても。深夜、突発的に、缶ビールを小脇に抱えて川を見に行きたい。人がまばらなだだっ広い道を突っ切って、2ケツしたチャリを必死に漕ぎたい。ビュンビュンと耳元で風が唸る。電動チャリは猛スピードで夜道を駆け抜ける。後ろへ後ろへと流れる彼の匂いは、さながら足跡のようだ。

心の底から、彼の誕生日を祝福する。変わらずガリガリで、変わらず物腰が柔らかくて、変わらずいい匂いがしますように。どうか素敵で、幸せに満ちた25歳になりますように。私より、心を込めて。

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