故・同棲

着替え、パジャマ、下着、靴下。いつも飲んでるサプリに歯ブラシ、あわだてネット、洗顔、歯磨き粉。会社のパソコンに個人のパソコン、マウス、充電器。
なるべく最低限に、ってまとめたはずの荷物は、ベッドの上に並べると思いのほかドッサリとした印象で。人ひとりが生きる上で抱えるモノの多さに改めてうんざりした。

ラベンダー色が好きなことは高校生の時から変わらない。修学旅行のために買った、当時としては無駄に大きかったスーツケースは、やっぱり私の大好きな色で。いつもなら、日常で使わないモノたちが乱雑に詰め込まれてる。ねえ、出番だよ。あんた今回ばかりは大活躍だね。
時計の針は午前3時を指して、ソファに寝床を追いやった恋人は呑気にスヤスヤ寝てやがる。ソファからにゅっと突き出た足は青白く、骨ばったくるぶしがやけに目立つ。その脚に、湧き上がるような愛しさを持っていたはずだった。
起こさないように、ソロォっと、詰め込まれてた荷物をスーツケースからだす。私の手が当たって、カロカロカロカロ…と乾いた音をたてる車輪。この光景を見たら、義務感で一応引き止められるんだろうか。逆に、何も見てないような態度を取られる可能性も充分ある。もう、恋人の一挙一動で、悲しくなったり怒ったり辛くなったりすることに、心底疲れた。言い争う気力もない。
ぐわぁぁっと襲いかかってくる悲しさを落ち着かせるために、ベランダに出て煙草を吸う。いずれ白っぽい金髪になるようにしてほしくって。そうなれば今は何色でもいいです。そうオーダーした私の髪色は、たまたま大好きなラベンダー色になった。ゴォッと強い風が私を超えて通り抜ける。揺れる前髪は大好きな色で、思ったよりも傷んでいた。

ベッドとデスクしかないウィークリーマンションは、さながら監獄だ。iPhoneの画面をネイルが叩き、カツカツ、カツカツと、不規則なリズムを刻む。私は今、人生で初めて1人で生活を成り立たせて、人生で初めて1人だけの空間を有している。人の気配が恐ろしいほどにない6畳の部屋は、私の存在をわかりやすく持て余す。部屋に響く唯一の音は、耳が痛くなるほど高く澄んだ静寂だけだ。
私の隣には恋人がいて、恋人の隣には私がいる。当たり前に、ずっと。そのはずだった。恥も臆面もなく寄りかかり、どっしりと背中を預けあった体重は心地いい。細々とした迷惑をかけて、ごめぇんって甘えた声で謝る、私。その私を困り顔で笑って許す、恋人。陽の光に透けてキラキラと輝く、黄金色の蜂蜜のような毎日。

守られていた。余計な不安から。愛で、優しさで、赤ちゃんみたいに。そういう日々だと思っていた。

もう、忘れなければならない。
20時半以降は売れ残りのパンが半額になる駅前のパン屋さんで、恋人が好きそうなパンを選んで買って帰るのが好きだったことを。腕の隙間に頭を捩じ込んで、顎の骨と首の間の匂いを嗅ぎ、恋人の肌にこすりつけた私の鼻の先がじんわりと暖かくなっていたことを。冷え性なせいで指の先まで冷たぁくなった私の指を、いつもポカポカしている恋人の手のひらに潜り込ませ、指を絡ませていたことを。家に帰れば恋人がいるのが、何よりも嬉しかったことを。あの人を、恋人と呼んでいたことを。愛していたことを。愛されていたことを。

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