隣人の死
アパートの隣の部屋に住んでいたTさんが亡くなっていた。
12月初旬頃に気になった。
溜まった郵便受け、
玄関脇の植木の枯れ果てた感じ。
でも忙しさの中でそのまま
1週間過ぎてしまった。
忙しさは変わらなかったけど
やはり、ふと、気になって大家さんに電話した。
「おせっかいかもしれないんですが、
隣の部屋の方、郵便受けがいっぱいだし
ここのところ、お見かけしないし
植木も枯れててなんだか気になったので」と。
「言ってくれて助かります。ちょっと気をつけて
みてみます」と大家さん。
そんなことも忘れてたその2日後。
朝から隣でドスンバタンと乱暴な物音。
Tさんがたてる物音じゃない。
配達や引越しなら音がもう少し
丁寧な気がする。生きてる人がいる空間なら。
なんだかざわざわした。
玄関を開けてみると物流ナントカと
書かれた折り畳み番重がドカドカと
Tさんの玄関に置かれて
中から荷物を全部運び出してるようだった。
じっと見ていたら業者のお兄さんが
「あ、すいません。全部運び出してるんで」と。
物音に文句言いたげに見えたのか。
中の人はどうなってるんですか?とか
ここの人は引っ越したんですか?と聞きたかったけど
せわしなく作業している彼らには全くあずかり知らないことだろう。
尋ねなかった。
隣室のTさんは、今年多分77才くらいだったかと思う。
私がここに引っ越して挨拶に伺った時に白髪混じりの
ちょっと芸術家っぽい風貌のTさんが玄関に顔を見せた。
「彼女は今病気で顔出せなくて…」と、聞いてもいないのに
病気の奥さんがいることを話していた。当時、65くらいの年齢の人が
奥さんのことを「彼女」と呼んだ言葉が印象に残っていた。
その奥さんをお見かけすることはなかった。
その後は見かけたら挨拶する程度だったのだけど、
8年くらい前に、頂き物のブドウ、ロザリオビアンコをお裾分けしたことがきっかけでお茶を飲みにお邪魔するようになった。
Tさんは個人タクシーの運転手で隣の部屋には30年くらい住んでいるとのこと。タクシー車内では常にクラシックをかけるクラシック一辺倒だけど、文学や芸術への興味や深さが私と一致し話していて面白かった。
奥さんはガンだったらしく最後まで部屋で看病して看取ったらしい。
壁や玄関やそこここに奥さんの写真があって深い愛があったことを感じたのだけど、浮気してた話もしてくれた。
「玄関前に恥を知れって書かれたことあるよ」と。
何度かお茶しにお邪魔したらある時から奥さんの写真がきれいに片付けられて無くなっていたのに気づいた。
一度業務用のタクシーに乗せてもらって少し離れた多摩川べりまで行ってそこで散歩したこともあった。
散歩や自然が好きというところは気が合ったのだけど時折思い込み?の激しさというか辛辣な一面があってだんだん私の気持ちが離れていった。
例えば、春、青竹の林を歩いていて、「竹の幹に耳を当てたらコポコポ水を吸う音が聞こえるよ」とやって見せたら帰宅後「そんなの出鱈目だよ。単に風が当たる音が聞こえるだけだ」とわざわざLINEを送ってきた。
郷里が熊本だということだったけど、一生帰らなくて結構、と言っていた。何となくだけど、Tさんは世捨て人というか拗ね者というかそんな雰囲気だった。
そんなある時、「いつも僕の部屋だけど今度は君の部屋でお茶させてもらえないか」と言われた。
「それはやめておきましょう」と言うと「どうして?僕の部屋に君が来るのはいいのに、僕が行くのはダメってどう言うこと?君は僕を何だと思っているの?」と激しく言われて「良き隣人?」と返すとものすごくショックを受けたようだった。
その後会話することは無くなったけど、ベランダ越しにウサギを飼っているのを見かけた。柿右衛門という名前だった。
それから程なくして、Tさんよりうんと年が上の足が悪いお婆さんと一緒にいるのを見かけるようになった。Tさんはしっかりとそのお婆さんの手を握って、足が遅いその方の歩みに合わせてゆっくり歩いていて、愛し合っているのだなと少し羨ましく思った。
そして私はTさんの深くて激しすぎる愛が恐ろしいと感じたのだった。
Tさんの奥さん、
ウサギの柿右衛門、
足の悪いお婆さん、
そしてTさん。
いくつもの生命がそこにあった。
空っぽになった隣の部屋で、コトン、とか
かすかな咳が聞こえたりして。
ウチの花に、アンタじゃないよね?と確認してみる。