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ウィキッド、 ミュージカルと原作小説を反復横跳びしてみた。 【第1幕】



はじめに


私が ミュージカル舞台のウィキッドを愛してやまない理由の一つは『めでたしめでたし大団円のハッピーエンド』ではないこと。むしろ、苦い後味の残るバッドエンド寄りだ。だからこそ 観終わった後にしばらく考え込んでしまうし、かなり引きずる。

しかし、グレゴリー・マグワイア著のウィキッド原作小説を読み終えてから改めてミュージカルを観ると、もう眩しいくらいのハッピーエンドに思えてしまう。それくらい、原作には 夢も希望も救いも無い。徹底的に。

陰鬱で猥雑で残酷で殺伐としている この原作小説を、よく あのキラキラしたミュージカルに再構築したものだ、と驚嘆するばかりである。

精神衛生上、原作小説とミュージカルは別々の物語だと割り切っておいたほうが良い。人名およびその他の固有名詞「以外」の全てが 別物の パラレルワールドといっても差し支えないくらいだ。

それでも、いや、だからこそ、ここでは あえてミュージカルナンバーに沿って 舞台(劇団四季) と原作とを反復横跳びするという悪趣味な遊びをしてみようと思う。



Overture (オーバーチュア)


ミュージカル


・オズの地図

舞台の緞帳の地図に描かれている場所のうち、劇中で地名がはっきり出てくるのは、真ん中のエメラルドシティーとそのすぐ北のシズ大学、そして東のマンチキンランド。あとは、グリンダがマダム・モリブルに名乗る時のアップランドや、グリンダが初めてフィエロに言及する時のウィンキー国が、台詞でのみ登場する。ディラモンド先生の授業の黒板に「ウィンキー・マンチキン戦争」の記載有り。

・ドラゴン時計

目を赤く光らせ 鼻から煙を吐き 客席を睨みつけるドラゴンは、舞台上で繰り広げられるストーリーには関わってこない。だから、終演後に「ドラゴン ただのお飾りじゃん(笑)」と言う人がいるのは仕方ない事ではある。


原作 


・オズの地図

緞帳の地図と 原作の地図は、省略又は改変されている部分があるため 両者に相違はあるものの、ざっくりとした位置関係は同じ。開演前に舞台の緞帳の地図を眺めて 思いを馳せる。ギリキンの地名を見ればグリンダに。カドリングの地名を見ればエルファバやタートル・ハートに。ヴィンカスと、西に広がる千年平原と・・・ そして何より、キアモ・コ。

原作読者なら、緞帳の地図で つい キアモ・コに目が行くのは 私だけではないはず。オズ西方にある この城を、じっと見つめずにはいられない。

・ドラゴン時計

ひとたび原作を読んでから舞台に臨むと、“ドラゴン時計の見せ物に魅せられている私たち観客” という構図にゾッとしてしまう。ブラックジョークがキツ過ぎる。でもそういうの好き。あの舞台を丸ごと ドラゴン時計の人形芝居小屋にしてしまうなんて。

ドラゴン時計は、上巻の序盤で エルファバが生まれた場所でもある。また、下巻の終盤にさしかかったあたりで、大人になったエルファバが 一度だけ このドラゴン時計に遭遇し、自分の出生に関わる意味深な三幕仕立ての劇を観る。


No One Mourns the Wicked (グッド・ニュース)


ミュージカル


初見よりも2回目以降のほうが格段にグッとくるシーンの筆頭格。フィナーレを最初に持ってくる手法ズルい。

この曲の始まりと終わりに、背景でエルファバの大きなシルエットが動いている。

「そう、悪い魔女ウィキッドは死にました!」と宣言した後のグリンダの表情。悪い魔女が死んで大喜びのオズ国民たちを見つめるグリンダ。エルファバが愛されていたことを知っていながら「誰にも愛されぬまま」と高らかに歌うグリンダ。

“ 世界を敵にして、たった一人に愛されるか。
 たった一人を失って、世界に愛されるか。”

これは 劇団四季のウィキッド初演時のコピーである。私は このコピーが好き。しかし グリンダが永遠に失ったのは たった一人ではないのだ。グリンダは これから誰とも分かち合うことのできない想いを胸に抱えたまま、善い魔女として生き続けなければならない。彼女はオズの皆に慕われているが、ある意味 彼女はオズの誰よりも孤独である。



原作


エルファバが去った後のグリンダの様子については、一切描写されていない。分かるのは、オズ西方のキアモ・コでエルファバが死んだ晩、オズ北方のギリキンの国で グリンダは眠れぬ夜を過ごしていたということだけ。

夜半過ぎまで眠れずに、なんとはなしに窓辺にろうそくをともした。ヴィンカスの方角から昇ってきた月が夜空に浮かんでいる。けれどもグリンダには、その光が自分を責めているように感じられ、いたたまれなくなって丈の高い窓から離れた。

ウィキッド 下巻 

グリンダに関する描写は これで最後となっている。



Dear Old Shiz (シズ大学 校歌)


ミュージカル


「私たち、シズ大学の同級生だったの。」というグリンダの台詞で、エルファバが奥から駆けて登場する。この時、客席から拍手が起きる時と起きない時がある。
学生エルファバと大人グリンダが並んで立つのは、後にも先にも この時だけ。ほんの一瞬である。グリンダは、シズ大学校歌の間に早着替えをするため舞台袖に捌けるのだ。

この先で待ち受けている未来をまだ何も知らないエルファバがニカッと笑う、その眩しい笑顔に目が行く。それと同時に、グリンダの表情も観察してみる。
山本さんグリンダは、横に並んだエルファバを見てハッとした表情をしてから、何かを振り切るような仕草をしながら顔をそむけ、顔がゆがみきらないうちに舞台袖に捌けていった。それを見た私も思わず顔をゆがめてしまった。
中山さんグリンダは、悲しげな顔でエルファバに手を伸ばしながら 舞台袖へ捌けていった。

次曲が始まる直前のグリンダ「嘘でしょ、どうして こうなっちゃうの。めまいがするわ」
中山さんグリンダの 寄り目とふらふら具合。アニメキャラみたいにバッチリあざとく決める。


原作


校歌の場面なし。



The Wizard and I (魔法使いと私)


ミュージカル


希望を歌う曲で ひしひしと絶望させられる この感じ。ここでエルファバが 未来への明るい期待に胸を躍らせて歌えば歌うほど、彼女の笑顔が晴れやかであればあるほど、それを見ているこちらの心は痛む。だって私たち観客は、彼女の望みは潰えることを、彼女の夢は決して叶わないことを、知っているから。

「緑色とはもうお別れだ〜〜夢見心地で聞くのよ」のところを息継ぎせずに繋げて歌うのが好き。
「その日が来た〜〜ああ、なんて素敵、魔法使いが」のところで 両腕を広げて後ろのセットを脇にずらす仕草をしながら後退し、また前に駆け戻ってくるのが好き。高揚感。

江畑さんエルファバは、立てた鞄に腰掛けてオズの魔法使いを想像しながら歌う時に 男性っぽく足をしっかり広げているのが、先生のモノマネをする学生感あって可愛かった。
小林さんエルファバは、自分の明るい未来を想像するあまり 歌の端々で思わず漏れてしまう感じの フフッ、ヒヒッ という一人笑いが多めで、楽しみで仕方ないウキウキした様子が可愛かった。


原作


エルファバは入学早々に魔力を発揮することもなく、当然、彼女がオズの魔法使いの弟子となれるよう マダム・モリブルが取り計らうことも無いし、エルファバに魔法の個人指導をすることもない。エルファバは魔法使いになりたいと思っていない。素晴らしいオズの魔法使いに会えば 自分の未来が明るくなる、という期待に胸を膨らませたりもしない。



What is This Feeling? (大嫌い!)


ミュージカル


The Wizard and I を歌い上げた後すぐに この曲が始まるから、エルファバ役は一瞬でテンションを切り替える必要がある。

手紙を読み上げるグリンダの「前略、大好きなママとパパへ♡」は、見えないはずの語尾のハートが しっかり見える。

「この気持ち、何かしら?」の直前で音に合わせて、眼鏡をチャッチャッと直すエルファバ。ブロンドの髪をパッパッと はらうグリンダ。

「顔さえ見たくない、あっちへ放り出す」でエルファバが小馬鹿にした感じでグリンダの真似をする仕草が面白かわいい。
江畑さんエルファバは足をバタつかせながら挙手するグリンダの真似をして、それから蹴っ飛ばしていた。
小林さんエルファバは髪の毛くるくるしてからコンパクト開けて化粧する真似をしていた。

「何から何まで」で 中山さんグリンダは音を立ててコンパクトを閉じる。パチン!と小気味良い音が響く。でもそんな耳元でされたら びっくりするって。

「嫌なのよ」でグリンダに張り合って エルファバが肩をそびやかして ふたり背中合わせで立つところも好き。

お互い「大嫌い!」と言い合いながらも リズミカルで息ぴったりで もはや 一周回って めちゃくちゃ仲良しじゃん、と思い 毎度ニンマリしながら見てしまう。エルファバひとりと、グリンダの取り巻き軍団、という 1 対 群舞 も見ていて楽しい。

小林さんエルファバは、取り巻き軍団が来た時 めちゃくちゃ冷ややかに笑ってるのが良い。しょーもない奴ら、と思ってそう。

江畑さんエルファバの「とにかくダメ、どうしてもダメ」で頭を振りながらシッシッと手で追い払う仕草も良い。

最後にエルファバが「ワッ!」とグリンダたちを驚かせる。びっくりしたグリンダを見て笑い声をあげるエルファバ。この時の笑い方、第2幕でグリンダにビンタされた時の笑い方と よく似ている。

少し話が逸れるが、社交的で人気者のグリンダと対比させる形で エルファバのことを“内気”と評する人が稀にいるのが 私には解せない。エルファバは、入学初日に自分をジロジロ見るグリンダたちに食ってかかり、いきなり「ワッ!」と驚かせて ケラケラ笑い、この直後のディラモンド先生の授業で立ち上がって「世の中には特別な人もいるのよ」とグリンダに向かって きつく言い放ち、車に轢かれかけたら 乗っている人間が誰であろうと気にせず叩き起こす。とてもじゃないが 内気な人間の所業ではない。


原作

エルファバは そこまで孤立していない。グリンダとその取り巻き軍団 対 エルファバひとり、という構図ではない。舞台だとグリンダがスクールカーストのトップに君臨しているような印象を受けるが、原作のグリンダは そこまで学年一の人気者というわけでもないし、愛すべき能天気おバカという感じでもない。

舞台ではボックもエルファバのことを忌み嫌っているが、原作ではボックとエルファバは幼馴染みの友人であり 一度も敵対関係にならない。

エルファバは除け者にされて学校で一人ぼっち、という感じではなく、なんだかんだ人間関係を築けている。いつメンみたいなのもいる。



Something Bad (言葉奪われる)



ミュージカル


授業でエルファバが「大干ばつですか?」と言い当てるが、黒板で『大干ばつ』の前に『魔法使い、オズの国に到着』とあるのが地味にポイント。黒幕は こいつ。

「先生、お昼ごはん半分こしませんか?」と誘う時、小林さんエルファバの「せーんせっ」と弾むような呼び方が可愛い。
エルファバはサンドイッチを、ディラモンド先生は包み紙を食べる。先生は 食べるフリではなく本当に紙を食べているので 客席から忍び笑いが起こる。にこにこしながらモグモグしてるエルファバが癒し。

「長いこと徹底的に脅されたら、誰だって黙ってしまうよ」とディラモンド先生。迫害され言葉を上げることもできなくなるマイノリティの存在は、決してオズに限られた話ではない。

黒板に書かれた「動物はしゃべるな!」という落書きの犯人は 舞台では明示されていない。しかし、マダム・モリブルがディラモンド先生にぴしゃりと言い放つ「とにかく、私の言いたいこと、先生には お分かりですね?(圧)」という台詞と不穏な空気で大体察することができる。

「陛下に伝えなくちゃ。きっと なんとかしてくれるはずです。魔法使いですもの!」と溌剌とした表情で言うエルファバに「そうだといいんだが」と答えるディラモンド先生の口調。微かな躊躇。オズ陛下をすっかり信じ切っている目の前のエルファバに、先生・生徒という間柄で どこまで教えていいのだろうかという葛藤が見え隠れしている。初見では気付かないところだ。

教職を辞めさせられ 役人に連行される時、「君らは まだ真実を知らされていない。それを忘れるんじゃない」と生徒に警告していったことや、
第二幕で ただ鳴くだけのヤギにされ、オズの魔法使いに「こいつにあれ以上喋らせるわけにはいかなかったんだ」と言われていることから察するに、
エルファバに「そうだといいんだが」と答えている時には既に ディラモンド先生は オズの秘密を知っていたのだろう。



原作


ディラモンド先生が言葉を奪われてメェェと鳴く場面は無い。
教職を追われ 言葉を奪われ ただのヤギになってしまう舞台版も大概だが、原作だと 教職を追われるまで至ることなく 喉を掻き切られ惨殺された姿で発見される。殺されたのは誰の目から見ても明らかだったが、表向きでは 先生自身のミスで死んだということで処理される。

マダム・モリブルが開催した詩の朗読会で モリブル本人が朗誦した詩に「動物は聞くべきに非ず」という一節があり、物議を醸す。



Dancing Through Life (人生を踊り明かせ)


ミュージカル


直前の曲でエルファバが「言葉奪われた…」と歌い終わった暗い場面から、この明るいシーンへの場面転換が好き。最初にチリチリ〜ンとベルを鳴らしながら自転車に乗って出てくる役をやりたい。

ここの転換時の繋ぎで、エルファバが車に轢かれそうになるまで、The Wizard and I の軽快なメロディーがバックで流れているのも好き。
そっくり返ってガラの悪い体勢で寝てたフィエロ、急に叩き起こされてビクッとなってる。サングラスを下にずらしてエルファバを覗く武藤さんフィエロ。昼寝の時間だからね、と答えた直後にヘッと笑う その笑い方から既にチャラいカイサーさんフィエロ。

車から降りたフィエロがアヴェリックとやる たんたんしゅたんぱんピュッ(擬態語でしか言い表せない)みたいな謎の儀式も好き。最後の “ピュッ” の掛け声がオフマイクで聞こえてくる。フィエロがアヴェリックに対して 目下の従者というより友達のように接していることが、この短いシーンだけで伝わる。

アヴェリックもフィエロも、初対面のエルファバに対する態度がナチュラルかつフラットなのが好印象。モリブルみたいに露骨に驚いたり、グリンダや他の学生みたいにジロジロ見たり 忌避したり蔑んだりしない。アヴェリックは「お嬢さん、この方をご存知ないんですか」、フィエロは「昼寝の時間だからね」と、初対面のエルファバに対して ごく普通の話しかけ方をしている。あ、でもフィエロ、「だって 緑は進め、だろ?」っつったな 許さん。

ボックから逃げて舞台上手に隠れるグリンダ。
中山さんグリンダはハシゴをピアノがわりにしてたし 山本さんグリンダはハシゴをジャングルジムみたいに掴んでた。
ボックが「確かに僕はマンチキン国の小人だよ。」と言い ふと背丈を気にしたのか段差を一段上がってからの「でも僕にも心はあるんだ」がブリキの木こりのフラグ。
それからフィエロに気付いた中山さんグリンダの、レディーにあるまじき高速カニ歩き。

フィエロのダンスシーンで、顔隠している本をフィエロに下げられるモブの女生徒になりたい。肘を曲げる独特な振り付けのダンスや「脳みそ捨て去って」の歌詞が  カカシのフラグ。
武藤さんフィエロのダンスは カカシ感が分かりやすくて好き。腕を完全に直角に上げて固めてから肘の下だけプラーンと揺らす。

カイサーさんフィエロは ナチュラルボーン チャラ男。チャラくて斜に構えている感じが板についてる。「ワォ そいつは良いや!」の軽さと「OKキマリダァァ」の雄叫びに笑った。人生舐めてて本当に何も考えてなさそう。だから「どうせここ (シズ大学) だって 長続きはしないさ」と彼自身が語る背景に納得感がある。

武藤さんフィエロは 爽やかな好青年が 上っ面で軽薄さを纏っている感じ。まだ擦れきっていない。チャラぶっていても滲み出てしまう真面目さと誠実さ。むしろ、登場時の横柄な寝姿のほうが ギャップある。本を舞台袖に投げる時、良心の呵責を感じてそう。スキャンダラスには見えない。「そいつがマーイラーーーーァ゛ァ゛ィッッフ!!」

カイサーさんフィエロが留年生タイプだとしたら、武藤さんフィエロは上手くサボる優等生タイプかな。


ボックは「ミス・グリンダ、一度でいいから僕と踊ってよ」と言う時、一瞬だけフィエロに向かって胡散臭そうな一瞥を投げている。
グリンダがボックをネッサローズにあてがっている最中、フィエロは銅像の周りを ぐるりと一周してる。ボックをうまいこと追い払っているグリンダの策士っぷりを見て笑っている。
武藤さんフィエロは苦笑い。カイサーさんフィエロはニヤニヤしててタチが悪い(褒め言葉です)。

武藤さんフィエロは 銅像の足元に乗り上げて 台座に腰掛けている。脚組んで待ってる気怠げな姿が無駄に格好良くてイラッとする(褒め言葉です)。

フィエロ「大したもんだ」
中山さんグリンダ「あら、どういう意味?・・・イーッヒヒヒヒヒ」
山本さんグリンダ「あら、どういう意味?・・・ぃやぁ〜〜〜♡」
はしゃぎ方のクセよ。

「じゃあ8時頃迎えに行こうか」とフィエロに言われて「素敵!!」と答えるグリンダの勢いがガチ過ぎる。
グリ「あたしたち ふたり」
グリ「気が合いそうだわ」・フィ「気が合いそうだね」
グリ「あなた」
フィ「僕と」
グリ・フィ「仲良くしよう♪」(ドヤ顔で観客のほう振り向きながら)
ここ好き。毎回ニヤニヤしてしまう。まったく 調子の良い者同士お似合いである。あくまで この時点では、の話だが。

グリンダにお礼がしたい、とネッサローズにお願いされたエルファバが「そうね」と答えて舞台袖に捌ける時、ネッサが わーい って肘曲げて小さくバンザイしているのが可愛い。

後ろを留めて頂戴からの「待っててフィエロ〜」のところ、
山本さんグリンダは両手で可愛く投げキス。
中山さんグリンダは 手をバタつかせながら ぴょんぴょん飛び跳ねてる。

グリンダが 祖母から届いた “チョー最悪” な帽子を 悪意でエルファバに贈る時、バックで What is This Feeling?(大嫌い!) のメロディーが流れてるのが良い仕事してる。嫌いなエルファバに対して グリンダが 一時的かつ表面的に親切な態度をとっている緊張感を、うまく引き出している。

山本さんグリンダ、手でハート作って「仲良しの しるっし〜」とルンルンで去っていく。

グリンダから受け取った黒い帽子を持って後ろに捌けていく時のエルファバの顔。
江畑さんエルファバは、自分もグリンダに用件があったのに、という感じの困惑と軽い苛立ちの表情を浮かべている。
小林さんエルファバは、苦手だったグリンダから思いがけず帽子をプレゼントされた嬉しさで、顔がほころんで口角が上がっている。歯を見せて笑っている回もあった。意外なチョロさが愛おしい。

ダンスホールの奥にフィエロが颯爽と姿を現したタイミングで 舞台の電飾が一気にパッと光るの、大好き。なぜか泣きそうになる。

グリンダをエスコートする際、ぺこりとお辞儀してからグリンダの手の甲にキスするフィエロ。
この時のフィエロのタキシード姿が良い。あれは何色って言うのが正しいんだろう。バーガンディ?ワインレッド?ボルドー?

ボックとネッサローズのやりとりも見たいし、舞台下手にいるフィエロとグリンダの様子も見たいので、目が足りない。
「憐れみからね、それでもいいわ、嬉しいの」とネッサに言われて咄嗟に「違う!」と口走ったボックの目線の先はグリンダ。「君は素敵な人」「まぁボック、夢のようよ」で悲劇の始まり始まり。
グリンダとフィエロの絡みにもバリエーションがあって見るのが楽しい。中山さんグリンダがフィエロの唇を指先でちょんちょんなぞっていたのを見て、そういえば直前のダンスの終わりにキスしてたから その時移ったリップを拭っているのか、と気付いた。芸が細かい。

ダンスホールに現れたエルファバは、自分はグリンダに嵌められたのだとすぐ悟ったのだろうが、キッとした顔で すぐに帽子をかぶり直す。そして一人で 謎の踊りを始める。周りの学生達が嘲笑しながら言う悪口、オフマイクで聞こえてくる。

グリンダ「 (エルファバのことを) あんまりジロジロ見ないで」からの武藤さんフィエロ「・・・そんなの無理だよ」の間の取り方で観客の笑いを誘ってる。それに続くフィエロ「彼女、周りにどう思われようと気にしないんだな」からのグリンダ「気にしてるわ。気にしてないふりをしてるだけよ。」が好き。静かに、でも確実に何かが動き始める瞬間。

エルファバを辱めないようにとグリンダも同じように謎の踊りを始める。モブ生徒が、エルファバが踊っていた時は嘲っていたくせに グリンダが同じ踊りを始めたら「え〜可愛い〜」と言っているのがオフマイクで聞こえてくる。その理不尽さが妙にリアルで辛い。

そこから奇妙なことにエルファバとグリンダの間にあった心の壁が溶け、距離が縮まり、ダンスホール全体にダンスの輪が広がるという ミュージカルならではの表現が良い。


原作


グリンダとフィエロ、ネッサローズとボック、彼らは終始 ただの友人でしかない。それも特に親しいわけではない。

アヴァリックも エルファバたちの学友。エルファバとは そりが合わないものの、合わないなりに普通に喋るし、からりとした関係を築けている。アヴァリック、あなた、舞台だと登場時間が数十秒しかない ただの運転手になっちゃってるよ。しかもフィエロの車の。プークスクス。

原作のフィエロは、浅黒い肌で、顔から胸、手まで青いダイヤの模様の刺青が続いている。ヴィンカス(ウィンキー国) の とある部族の王。
舞台ではグリンダに「あのイケメン誰だか知ってる?フィエロ・ティゲラーよ!あのウィンキー国の王子様。その噂っていったら超〜スキャンダラスなのよっ!」と言われているフィエロだが、ウィンキーというのは原作ではヴィンカスの蔑称だし、彼の人柄はスキャンダラスではなく むしろ純朴。
舞台フィエロの色男でキザでプレイボーイでモテる感じは、原作のアヴァリックに相当する。原作アヴァリックの良い所ぜんぶ舞台フィエロに吸い取られちゃってて笑うしかない。
舞台では転校初日から爆イケのフィエロだが、原作では 散々な目に遭う。新入生であるフィエロは 初日から遅刻した上に間違ったドアを開けて、授業を中断させてしまい まごついているところを、魔法のかかった鹿の枝角に襲われて 泣きじゃくる羽目になっている。

グリンダがエルファバに帽子を被らせる場面は、確かに原作にもある。ただし状況がかなり異なる。
舞台では、グリンダの祖母から届いた “チョー最悪” な帽子を ダンスホールという大勢の目に晒される場所で被るようにとエルファバに贈った。
原作では、グリンダが最高級の帽子店で買った可愛らしい帽子を 2人きりの部屋で被らせた。これは次の曲 Popular で グリンダがエルファバの髪に花をさすシーンに相当するので、改めて後述する。



Popular (ポピュラー)


ミュージカル


ベッドも棚も、二人の対照的な性格が一目瞭然。グリンダの ふりふりのベッドと沢山の靴が彼女らしい。

中山さんグリンダは 足パタパタうるさくて可愛いし、
「これじゃ不公平よ。あたし、とっておきの秘密を話したのに」と不貞腐れるときも「んぶぶぶぶ」みたいな謎の発声をしていて おもしろ可愛い。

「でも それはおしろい草のせいで、あなたのせいじゃないでしょう?今の話、あなたには秘密かも知れないけど真実じゃないわね」
エルファバの心の中にあった呪いを解く、グリンダの このセリフ。
グリンダは思ったことをまっすぐ言っただけで 無意識に本質を突いたように見える回もあれば、エルファバの長年にわたる自責の念に寄り添って 優しく諭しているように見える回もある。絶妙。
グリンダに そう言われて 表情を緩めるエルファバ。第二幕 最後の別れの For Good でエルファバがグリンダに向かって歌う「あなたは明るい笑顔で あたしの心溶かした」が脳裏をよぎる。

中山さんグリンダ「あなたのこと、エルフィーって呼んで良い?」と言いながらエルファバの二の腕を片手の人差し指でグリグリ押し、「あなたは あたしのこと、グリンダって呼んでいいわよ」と言いながら もう片方の手の人差し指も追加してグリグリ押してる。

江畑さんエルファバは、緑の瓶を元の場所に戻すとき、瓶に軽くキスしてから枕の下に戻して、枕の上からポンポンと優しく大事そうに たたいている。

山本さんグリンダは “イメージチェンジ” を妙に気取った発音で言う。
グリンダ「あなたをイメージチェンジしてあげる」からのエルファバ「いいわよ そんなことしなくて」、江畑さんエルファバの ガチで嫌そうなトーンも面白いし、小林さんエルファバの ちょっと満更でもない感じも可愛い。

近い将来 プロパガンダに利用されて国家のマスコット人形と化すことになるグリンダが、Popular をコミカルにノリノリで歌う構図が なんとまぁグロテスクなことよ。この場面に限らず、ウィキッドはブラックな皮肉がよく効いている。
「ラー↑ラー↓」と歌いながら舞台上手から下手へと変なステップで移動した後の締めくくり、山本さんグリンダの ちゃんと脚上がってないY字バランスしてから手を叩き「ッシャア!」て得意げにガッツポーズするのが お気に入り。

「エルフィーそんなふうに考えちゃダメよ。あなたの人生がすっかり変わるのよ、あたしのおかげで。」のところ、棚で足をバタバタさせながら 鏡を見つけた時の中山さんグリンダの か細い「あ」が面白可愛い。

中山さんグリンダは「キラキラ、キラキラ」と同じ変な高い声のままエルファバに向き直って「ハイ」って促して 客席の笑いを取ってる。山本さんグリンダは、エルファバの下手過ぎる「キラキラ」を聞いて のけぞって盛大な豚鼻を鳴らして 笑いを取ってる。
江畑さんエルファバの「キラキラキラキラー(超低音棒読み早口)」が妙にクセになる。相手が中山さんグリンダのときは 変な声の「ハイ」まで几帳面に復唱してるのが面白い。

中山さんグリンダ「ゴーージヤーーーーース!!」
「ジヤーーー」が 喉潰れないか心配になるくらい全力で好き。

山本さんグリンダ「ゴーージャーーーッスゥ!!」
締めの「スゥ!!」が主張激しくて 間抜けな感じがして好き。

エルファバの服に なかなか魔法をかけられないグリンダが「そのままでいいわ、とりあえず似合ってるしぃ!」と言って舞台袖へ魔法の杖を勢いよく放り投げる。
放り投げた杖が床に落ちる音、聞こえる時と聞こえない時とがある。聞こえない時は舞台袖で誰かがキャッチしているのだろうか。個人的には、音は聞こえるほうが面白いと思う。投げた杖が放物線を描いて飛んで床に落ちる、その音が聞こえるまでの時差が好き。

中山さんグリンダの回で、たまたま舞台袖の装置か何かにぶつかって杖が跳ね返ってしまい、思いがけずグリンダの足元に コロコロ戻ってきてしまった時があった。客席にクスクス笑いが広がっていた。中山さんグリンダは 杖をさりげなく拾って枕の下にしまっていた。

エルファバの髪にピンクの花をさして「ピンクはグリーンに映えるのね」のところ、バックでさりげなく I’m Not That Girl のメロディーが流れているのがたまらない。この、感情の機微よ。

グリンダに手鏡を渡された江畑さんエルファバ。乗り気ではなくて すぐには鏡を見ない。渋々と見るけれど 自分の顔ではなく花だけが映るような角度で鏡を持つ。そこから恐る恐る自分の顔も映る角度に変えて持ち、少し驚いたような表情へと変化する。台詞はなくとも、その仕草が雄弁に心情を物語る。

山本さんグリンダの、「知らん顔してみても人気者になりたいはずよ 女の子ならば」と歌ってからベッドに飛び乗る時の「フォーゥ!」で笑わされた。不意打ちである。


原作


秘密の教え合いっこもイメージチェンジも無い。

ただ、舞台の「ピンクはグリーンに映えるのね」に相当する場面なら ある。グリンダは、オレンジ色の花飾りのついた、大きなつばのある、砂糖菓子のように愛らしい帽子をエルファバにかぶらせた。グリンダは 内心 笑いのネタ欲しさで わざと似合わないであろう帽子をかぶらせたつもりだったが、帽子をかぶったエルファバが 思いがけずとても綺麗だったので驚いている。

エルファバと喋るようになってからのグリンダについて、原作で好きなエピソードをひとつ。グリンダは、エルファバの昼食を魔法で移動させようとして失敗し、サンドイッチが爆発して粉々になり、エルファバはサンドイッチまみれになる。



I’m Not That Girl (私じゃない)


ミュージカル


グリンダにもらった花を髪につけて 慣れない「キラキラ」を試行錯誤しているエルファバ。いつのまにかフィエロが近くにいて びっくりする時、江畑さんエルファバの「ウォォッ」みたいな野太い声が面白くて笑いが起こる。

武藤さんフィエロは かわいく「キラキラ」を真似する。その時の声は高ければ高いほど、つまりグリンダに寄せれば寄せるほど、ウケる傾向がある。
カイサーさんフィエロは 小馬鹿にした感じで「キラキラ、キラキ・・・んふふっ」と自分で笑っていた。
「君はそのままでいいのに」と、しれっと良いこと言うフィエロ。そう言われてエルファバは髪から花を外している。Popular でグリンダに言われた「今のあなたではいけないの」と対照的。

What is This Feeling?(大嫌い!) の直後の授業の時には 露骨にエルファバを避けるようにして座っていたクラスメイト達も、Dancing Through Life のダンスを経た今では 普通の距離感で座っているのが良い。

フィエロは、マダム・モリブルに促されても役人に挨拶を返さないし、檻に入れられたライオンを見て不愉快な顔をしている。
「それなら どうしてそのライオンの子は震えているんですか」と尋ねたエルファバに対して 役人が「興奮しているだけだよ」と笑顔で答えた直後、檻をガンッて叩くとき超真顔に戻るのがサイコ味あって怖い。

「僕には何もしないでくれよ」、なんてことない ただそれだけの台詞なのに、武藤さんフィエロが言うと 妙に甘い言葉に聞こえるから不思議。

ライオンを逃しにきた場所で フィエロが何気なく制服のジャケットを脱ぐの、なぜか分からないけど好き。

一方的に まくしたてるエルファバを、フィエロが「君って 誰にも喋らせないつもり?」と遮るところ。
カイサーさんフィエロは、本当に感じの悪い言い方で 台詞の後も 冷たい笑いをこぼしている。少し前の台詞で「君、僕が本当に何も考えてないと思ってるんだね?」と苛立つ時も、半笑いである。
武藤さんフィエロは、「君って」で大きな声を出したのは いったんエルファバを遮りたかっただけという感じで、「誰にもしゃべらせないつもり?」の言い方には そこまで棘はない。真剣な顔をしている。

「フリなんかじゃない。僕はそういう奴さ」とヘラヘラしていたのに エルファバに「そんなことないわ。だってあなた、全然幸せそうに見えないもの」と見透かされて、咄嗟に言い繕うこともできず無言でいる時のフィエロの表情、毎回ガン見してしまう。武藤さんフィエロは図星なのを突かれて動揺している感じ。カイサーさんフィエロは無自覚だった感じ。

「この子が引っ掻いたのね」に「そうかも・・・」と上の空で答える時の武藤さんフィエロ、すでにエルファバに吸い込まれそうな感じの危うさがあって、良い。

「こいつを連れて行くよ」と言って ライオン入った檻を持ち上げて運ぶ時のカイサーさんフィエロ、はずみで「あぁぃ・・・」みたいな感じの小さな声が漏れてる。

ライオンを舞台上手へ持って行ったフィエロに 舞台下手を指差して「あっち!」と ささやくエルファバの声、オフマイクで聞こえる。ライオン持って右往左往するフィエロ、ちょっと可愛い。

エルファバのソロといえば、やはり The Wizard and I とか Defying Gravity とか No Good Deed といったパワフルなイメージがあるが、それと対照的に この I’m Not That Girl ではエルファバの柔らかいところが見えて好きだ。

橋の上で グリンダが行ってから エルファバの方を振り返る 罪な男。

雨に濡れているエルファバを観客に見せるのも、マダム・モリブルに「濡れちゃダメよ」というセリフを言わせるのも、第2幕からの 水に溶けるデマで じわじわ効いてくる。にくいね。



原作


ライオンの子を逃がすのはフィエロでもエルファバでもない、全く別の生徒。
グリンダとフィエロは ただの友人なので、そもそも三角関係になりようがない。エルファバとフィエロも、在学中 特に心を通わせることはない。エルファバにとっては むしろボックのほうが親しい友人といえる。



One Short Day (エメラルドシティー)


ミュージカル


エルファバを見送りに来て「あたし、姉さんが誇らしいわ。お父様もきっとそうよ。」と優しく微笑んでいる可憐なネッサローズが、第二幕で あんなことになるなんて。

グリンダに言うエルファバの「彼は一緒じゃないの?・・・別に見送りに来てくれることを期待してたわけじゃないんだけど。お互い殆ど知らないしね」が少し焦り気味なのがリアル。

グリンダが「こっちよ、ハニー!」と手を振ってフィエロを呼び寄せている時、エルファバは すぐさま鞄を持って 背を向けて歩き出している。
武藤さんフィエロが「エルファバ!」と呼ぶときの語気の強さが良い。
一旦グリンダの前を通り過ぎてから思い出したかのように戻るの笑う。フィエロがエルファバに渡すお別れの赤い花って、もしかして、二人でライオンを逃がしたとき周りに咲いていた赤いポピーを摘んだのかな。

「僕、ずっと考えてたんだ。ライオンのこと・・・それに・・・色々。あの日あったこと、たくさん考えた」
君 (エルファバ) のこともでしょ?

なんだコイツ… というのが 相手の第一印象だったエルファバとフィエロが、お互い さりげなく投げかけた飾らない言葉で 2人の心の壁が溶けていったの、とても良いなと思う。

エルファバとフィエロの意味深な会話に割って入る中山さんグリンダ、「おんおんおんおんおん(手刀)」ってオッサンみたいな言い方しながら頷いてて面白い。山本さんグリンダが ちょこまかした超小股で前進して距離詰めるのも可愛い。
中山さんグリンダ「先生を忍んでディラモンドって名前を付けるわ!」と宣言した後にお腹を威勢よくパーンと叩く。ほら あんた何か言ってやんなさいよ、という感じで エルファバがフィエロを小突いている。
「エルファバ・・・頑張れよ!」と言って走り去るフィエロの姿が少年過ぎて微笑ましい。

フィエロが去った後、グリンダの第一声は「ほら見たでしょ?」だ。あの日フィエロと何かあったのか、とエルファバに問い詰めたりしない。だから、グリンダが二人の間に割って入ったのは、二人の仲を疑ったからではないように思う。二人が自分を置いてけぼりにして話を進めているのがシンプルに嫌だったのだろう。グリンダは人気者で話の中心にいたいタイプだから尚更だ。


エメラルド色のキラキラしたショーと、エメラルドシティーを心から楽しんでいる2人を見られるのが嬉しい。

「この瞬間を覚えていたいの、ずっと。」と噛み締めるように言うエルファバ。私がウィキッドの舞台を観ている時も、全く同じことを思ってる。
「誰も あたしのことをジロジロ見たりしない。誰も あたしのことを指差して笑ったりしない。生まれて初めてよ!ここが あたしの居場所なんだわ!」と心底嬉しそうなエルファバを見ると胸が痛む。彼女が二度とオズに戻れなくなる結末を、私たちは知っているから。

「あなたはこの街にぴったりのエメラルド色よ!」と言うグリンダ。反目していた初めの頃はエルファバのことをグリンピースだなんて言っていたのに、今や すっかり打ち解けて。
「二人の夢が叶う」という歌詞のところ、原曲では、エルファバが “Two good friends”と言ったのをグリンダが “Two best friends” と言い直しているのが尊い。緑色のサングラスを二人同時にカチャンと合わせるのも良い。

しれっと両手離したままキックボード爆走してるの好き。電動並みの爆速で舞台を駆け抜けてる。バランス感覚すごい。

One Short Day という曲名の通り、ほんの短い、儚い夢のような ひととき。この日が、二人の間に何の障害もなく 友人同士として楽しく過ごせた最後の日となってしまうのだ。

エルファバとグリンダは お互い もう二度と会えなくなった後も、この日のことを きっと何度も何度も思い返すのだろう。

原作


舞台では オズの魔法使いにエルファバが招待されているが、原作では 招待などされていない。エルファバは 動物に関して物申すため、自発的に宮廷へ乗り込んでいる。
舞台のグリンダは「あたし、(エメラルドシティーに) 行ってみたかったの!」とワクワクしているが、原作の彼女は 別に行きたいと思っていない。舞台のグリンダは エメラルドシティーの街並みに目を輝かせ胸をときめかせているが、原作では街を目にした瞬間から嫌悪感を抱いている。


A Sentimental Man (センチメンタルマン)


ミュージカル


ペテン師ではあるが、人当たりは良い。


原作


オズの魔法使いとの謁見が許されたのはたった4分間だけ。威圧的で、エルファバに寄り添う姿勢など全く見せない。全然センチメンタルではない。



Defying Gravity (自由を求めて)


ミュージカル


いよいよ第一幕のクライマックス。

「あなたと これ以上 話しても無駄」と言い合って プイと顔をそむけたのに、エルファバを“悪い魔女” としてオズの敵に仕立て上げるマダム・モリブルの声を聞いた途端すぐにエルファバの腕に縋り付くグリンダが 愛おしい。
エルファバの才能を都合良く利用しようとしておきながら、体制に従わないと分かった途端 手のひらを返したマダム・モリブル。エルファバは口元を震わせている。

私のウィキッド初見は13年前。その時、この曲が第一幕のフィナーレであることなど当然知らなかったにも関わらず、「戻れない。いいえ、戻らない。今は・・・」のあたりから既に、ただならぬ何かを感じ取って 胸がザワザワし始めたのをよく覚えている。

「誰にも止められない 自由を取り戻すの 恐れはしないわ」の「自由を」のところ、「じゆうを〜おお〜」ではなく「じゆう〜をおお〜」と変えて歌っている。

中山さんグリンダは、グリムリーの本を開いて呪文を唱えるエルファバを止める時の「やめてったらぁー!」といい、護衛兵に捕まえられた時の「放して!放してったらぁー!」といい、これ以上ない差し迫った危機的状況であっても ぶりっこが炸裂していた。

グリンダにマントをかけられたエルファバが 箒を片手に立ち上がる時の照明と音、そしてシルエット。ぞくり としてしまう。“悪い魔女”としてのビジュアルが完成してしまったのだ。エルファバが望んだわけではないのに。

ついに二人は袂を分かつ。


「彼女は何も関係ないの。あなたたちの敵は ここよ、あたしよ。あたしよーーーーー!!!」から 一気にギアが上がり、絶唱で劇場が押し潰されそうになる。ついにボルテージは最高潮に達する。跳ね上がる心拍数。

「進むの、自由への道を」でエルファバは地上のグリンダに手を伸ばして頷き、それに応えてグリンダはエルファバに手を伸ばし返している。
「道を〜↗︎」とまっすぐ強くしていくのではなく「自由への道を〜おぉぉ〜」と高いところで揺らす江畑さんエルファバのアレンジ、ドラマチックで好き。

「邪魔など させない」は どちらのエルファバも「させない!」と台詞調だ。
江畑さんエルファバは、心の内に燃える闘志を抱いて 決意を固めるように 冷静に言い切る。
小林さんエルファバは、自分を捕らえようと集まった者たちに向かって威嚇するように叫ぶ。


ゾクゾクとした興奮が身体中を駆け巡る。

訣別と解放のカタルシスが たまらない、圧巻の第1幕フィナーレ。


原作


原作では 舞台のように大空高く舞い上がったりしない。
だが、そんなことよりも大事な違いがある。
舞台では「一緒に来て。彼と闘うの。二人ならできるわ」と言っているエルファバとは対照的に、原作のエルファバは グリンダをシズへと帰すのだ。

「みんなには、わたしに無理やりここへ連れてこられたって言いなさい。わたしのやりそうなことだって、みんな信じるはず」

ウィキッド 上巻

「わたしのことは捜しても無駄だからね、グリンダ。捜しても見つからないところへ行って身を隠すから」

ウィキッド 上巻


全編を通して陰鬱で殺伐としている原作。それでも やはり、この二人の別れの場面には 心に沁みるものがある。

 「エルフィー、馬車に乗ってちょうだい。ばかなことはやめて」グリンダは泣き叫んだ。御者が手綱を持ち直して、エルファバに降りろと怒鳴った。
 「あなたは大丈夫」とエルファバ。「もう旅には慣れたでしょ。来た道を帰るだけだもの」そう言うと、顔をグリンダの顔に押し当て、キスをした。「がんばって、できるかぎり」と小声でささやき、もう一度キスをした。「がんばって、グリンダ」
 御者が手綱を鳴らし、大声で出発を告げた。グリンダは首を伸ばして、エルファバが人ごみの中へ戻っていくのを見送った。あんなに目立つ肌の色をしているのに、その姿はあっという間に、エメラルド・シティの街で路上生活を送る浮浪者の群れの中にまぎれてしまった。あるいは、愚かな涙がグリンダの視界を曇らせたのだろうか。エルファバはといえば、もちろん泣いてなどいなかった。馬車の踏み台から降りるときに慌てて顔をそむけたのは、涙を隠すためではなかった。涙が出ていないことを隠すためだったのだ。

ウィキッド 上巻


第2幕は こちら。




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