感想:half sleep
DTMが広く知られている現代で、ましてやVOCALOIDというインターネットでの公開が主流となっているジャンルでは、「打ち込み」という言葉はもはや当たり前に耳にしていたとしても不思議ではない。
もちろんなんらかの楽器の演奏に精通している作曲者はその楽器を演奏して録音し、曲に生音として組み込むことができるわけだが、全ての楽器パートにおいてそれを実行している作曲者は、ことボカロPにおいてはかなり限られるだろう。またギターやベースなどは自宅での録音で済ませるのが容易だが、たとえばドラムなどはまず家で録音できる環境にある人が多くはいないし、録音の方も容易ではない。そのため他は生音でもドラムは打ち込みというのはよく見る光景だ。
そういった事情からドラムの打ち込み音は多くのボカロリスナーにとって耳に馴染んだものとなっているだろう。「ドラムの打ち込みと生音の違いなんてわからない」という人もきっと一定数いることと思う。
それでは、ギターについてはどうか?ギターが打ち込みの曲に「ギターは生音がいい」という旨のコメントを見たことはないだろうか?ギターが打ち込みだとわかった途端にブラウザバックをしたという経験はないだろうか?
確かにギターはドラムに比べて前に出やすい音だし、間奏パートの一部をギターソロと呼ぶように曲の華として扱われることも多い。そんな楽器が不自然で機械的な音を響かせていたら違和感を抱く気持ちはわかる。とてもわかる。
では、この曲を聴いてほしい。
(ヘッダー画像はこちらの動画のスクリーンショットになります)
ここまでの話の流れからおわかりいただけるかと思うが、ギター打ち込みの曲だ。なんならベースやドラムも打ち込みだ。これを聴いてどう思っただろうか?他の打ち込み曲と同様にただ不快だったという方には申し訳ないが、私の戯言にどうかお付き合いいただきたい。
私にはこの曲が打ち込みだから聴くに値しないとは、生音に劣っているとはどうしても思えないのだ。
音程の変わらないリフを多用することで打ち込み感はむしろ増しているが、この音には生音では表現し得ない魅力があるのではないかと思うのだ。無機質なのになぜだか安心して、冷たい音なのになぜだか温かい。そんな印象を受ける。
タイトル表記やシンプルな構成、素朴で温かみのあるサウンドから氏の曲は良い意味でジミーサムPのリスペクトが感じられる。
寝起きのあの温もり、何かを忘れていくという寂しさ、それでも現実に踏み出さねばという決意。そういった一見相反するような性質には、この切なくも愛おしい打ち込み音こそがこれ以上なく相応しいのではないか。
作曲者であるashcolorさんは普段はあまり打ち込み感を匂わせない曲を作る。他の曲でもギターが聴こえるものはあるが、絶妙な音量バランスや艶のあるギターサウンドで違和感は全く見られない。
去年の夏投稿された新曲『world's beginning』のギターも自然な音で、全体的に見てもさらなる技術の向上に胸を打たれるクオリティだった。
しかし、氏の曲でどれが一番好きかと聞かれたら、迷わずこの『half sleep』を選ぶ。私もかつては打ち込みのギターに魅力などないと決めつけていたが、その価値観を大きく変えたのがこの曲なのだ。
私にとってはそれほどの衝撃を与えた、とても大切な曲だ。
こちらは私が過去に公開した「2014年ボカロ10選」に入っています。興味のある方はそちらもぜひ。
http://www.nicovideo.jp/mylist/47388046
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