戦いとは?ー総大将の演説ー
戦いとは負けてはならない。絶対に。戦いである以上、絶対に負けてはいけない。何者にも自分にも絶対に負けてはいけない。負けていいことは一切ない。なぜならそれは戦いだからだ。これが参戦できる、軍に所属できる最低条件だ。
ついてこれるものはついて来い。しかし絶対に私は負けを許さない。
ーある志願兵が言った。
「閣下、負けとはいったい何を指しますか」
女は言った。
「おまえは名前一つ呼べないのか。閣下とは何を意味するか考えてみたことがあるか」
志願兵は息をのんだ。女のすごみとは思えぬほどの力強い目に沈黙のみが自分を守るとわかったのだ。およそ、あの「鬼ごっこをしましょう」と甘えた声をした弱い女と同一人物とは思えないすごみだった。この数日のうちに何が起こったのかそれは全くだれ一人、そう志願兵のだれひとり予想することができなかった。
ここの志願兵は、この女の愛らしさとか弱さとか女らしさに集められた男たちだった。およそこの女が強さや、何かを指揮するとか牽引するなどと予想だにしていなかった。およそ男たちはこの女を守ってやろうと、この女を幸せにしてやろうと、その副産物として自分がヒーローになれると打算をもっていたにもかかわらず、その女の目は完全に男をしのぐ覚悟の決まった、そう、死をも恐れぬ強さのみを感じさせる眼力だった。
ー違う志願兵が恐れながらと、割って入った。
「あなたをどうお呼びすべきでしょうか?」
階級の意識づけは胸の切符に好奇心を持ち、ここに集められたときにおのずと自覚していた。あの女がここにいて自分がヒーローにしてもらえると思っていたのと同時に裏側ではどこか自分の身分が下士官のような、そう、参謀になりさがりながら進軍してくことをどこかで感じていたのだ。まさか、総大将がこの女だとはだれも予想だにはしていなかったわけだ。
女は下目使いで見下しながらその志願兵に言った。
「総大将である。貴族ではないからだ。私は常に戦場の最前線で指揮を執り続ける。決して高みの見物など望まぬ。同じ空気を吸い同じ埃を肺に吸い込む総大将である」
志願兵は100人からなった。総勢300人の隊となるところが出会ったが、100人は見果てぬ夢に恐れをなして死んでいった。もう100人は自分の命を捨てる覚悟がなかったために、総大将によって追い返された。総大将はこう言う。
「死を恐れるものは必ず極限では裏切る。それは仲間でもあるし、自分でもある。恐れは裏切りであり逃げである。逃げはすなわち負けである。この戦いは勝利のみが目的である」
総大将の目が色を失う。度肝を抜かれたのは志願兵たちだけではなかった。野の草も、野の動物たちも一斉に息を止めた。総大将はその目の色をまた輝かせて演説をはじめた。総大将の宣誓である。
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何人もの勇敢なものが殺されていったか知っているか。およそ何人もの勇敢な英霊がむげに殺されていったか知っているか。
私はもう無駄な死を止めたいのだ。
人は嫉妬する。人は自分の才能を知ることなく人を嫉妬してその日をごまかして生きていく。皆そうであるように私もかつてはそうであった。意味のないことだと誰もわからないうちに、人は嫉妬を繰り返し日々をごまかして生きていく。人がなしえることは想像以上にある。幼き日に見た夢を殺したのはあなたの周りの嫉妬である。幼き日の柔らかい心を殺したのはあなたの迎合である。私はそれを許さない。この闇夜に光が再び光り輝くように私は身をもって自分を殺している。その意味がわかるか。どうやっても私たちは進軍すべきなのだ。ここに高らかに宣誓をする。戦いは悪ではない。横並びが良いわけではない。なぜなら私たちの自由は出すぎない限り勝ちえないからだ。
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総大将の宣誓は、自由への宣誓である。私たちは夢をいつも常識という看守によって自由を奪われている囚人である。その事実を知ったものだけがこの軍に加わる権利を得たのだ。そう、これは戦いだった。非常識を常識に還るよう牽引する戦いだった。私たちがまだ見ぬ新しい自由のために私たちは戦わねばならない。総大将はそう言った。
出すぎた杭になれ。常識を疑い逸脱する勇気を持った一部の人間だけが与えられる、その名は自由。その蔑称が出すぎた杭である。
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