ポジティブ感情の分布
以前の話はこちら。
https://note.com/memantine2000/n/n686ebd7dc8e8
#1 ポジティブ感情の分布
以前のnoteでCES-Dの抑うつ症状はDS分布に従うことを説明した(Tomitaka S. et al.2015)。図1は保健福祉動向調査(約32000人)における抑うつ感情の分布である。前述したように抑うつ症状の分布は共通する数理パターンが存在する。
CES-Dにはポジティブ感情が4項目が含まれている。ポジティブ感情とは「幸せ」「楽しみ」「自信がある」といった文字通りポジティブな感情を指す。ではポジティブ感情には数理パターンが存在するのだろうか?
図2は保健福祉動向調査(約32000人)におけるポジティブ感情の分布である。分布は全体的に平坦だが、分布の頂点や形もバラバラである。ポジティブ感情の分布において、抑うつ症状のような共通する数理パターン(図1)を見いだすことはできなかった。
他の疫学調査のデータも調べてみたが、ポジティブ感情の分布には抑うつ症状のような明らかなパターンは見つけられなかった。
ポジティブ感情の分布の面白い点は、抑うつ症状と異なり、地域によって形がかなり異なることである。たとえば米国だとポジティブ感情の質問に対して「いつもある」を選択する人が非常に多い。その一方で、日本も含め東アジアで調査すると、そこまでポジティブな回答に偏らない。米国ではポジティブな態度が尊ばれ、東アジアでは中庸が好まれるからもしれない。
日常生活を観察していてもこういった文化の違いに気づく機会は多い。米国では「調子どう?(How are you doing?)」とあいさつすると「great(凄く良い)」と答える人が多い。一方日本では「まあまあです」といった中立的な返事が多い。
実は、日本人を対象にポジティブな内容の質問調査を行うと、中間レベルの選択肢を選ぶ傾向が高いことは昔から知られている(Iwata N.et al. Social Science & Medicine 2000)。その一方で、欧米人ではポジティブな内容の質問に対して最高点に近い点数をつける人が多い。たとえば「あなたは現在のパートナーに満足しているか?」という質問なら、欧米人はかなりの割合で高評価を選ぶ(しかし離婚率が高いのは欧米人の方である)。
同じ文化圏の中で個人を比較すれば、ポジティブ感情スコアの高い人の方がより幸福な傾向が高いとは思う。しかしその一方で、文化圏が変わるとポジティブ感情への表現方法が変わることも事実だと思う。
抑うつ評価尺度であるCES-Dがポジティブ感情項目を含むのは、1977年に作成されたことが大きい。PHQ-9(2002年)のような近年に作成された抑うつ尺度は抑うつ症状のみで構成されており、ポジティブ感情を含まない。昔はネガティブ感情(抑うつ症状)とポジティブ感情はスペクトラムのように考えられていたが、現在の心理学ではそれぞれ独立した心理現象とみなすようになったからである(Diener, E., & Emmons, R. A)。
抑うつ症状(ネガティブ感情)とポジティブ感情を独立性を考える上で、ポジティブ感情の分布と抑うつ症状(感情)の分布が異なるという事実は重要である。なぜなら分布の形はその現象の根源的な仕組みを反映したものだからである。
1)Tomitaka S. et al. A distribution model of the responses to each depressive symptom item in a general population: a cross-sectional study. BMJ open 2015 5: e008599.
2 Iwata N.et al. Race/ethnicity and depressive symptoms: A cross-cultural/ethnic comparison among university students in East Asia, North and South America. Social Science & Medicine 2002 55: 2243–2252.
3 Diener, E., & Emmons, R. A. The independence of positive and negative affect. Journal of personality and social psychology1984 47(5), 1105.