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【怪談】御鷹場

薄いカーテンが光りをさえぎって、部屋はやや暗い。電気をつけないのかと聞いたら、お世話になっていた教授はこれくらいがちょうどいいと答えた。そんな一風変わった彼からこんな話を聞いたことがある。



「『夜切る爪は鷹の爪』この言葉を聞いたことある?」



「あ、いや。夜の爪は鷹の爪とか、多少言い回しは違うことも勿論あるかと思うんだけど、夜に爪を切るときはこれを三回唱えようといった内容の言い伝え。そうそう、それ。僕自身もね、夜に爪を切るときはこのおまじないを三回唱えてから必ず切るのよって祖母によく言い聞かされたな。小さい頃は特に不思議に思わずに言われたとおりに、まあやるよね。けど、こんな職業をしているからさ、なんでこんなおまじないなのかというのが気になったことがあるわけ。」



教授の一人語りはたいてい長いので、私はコーヒーを入れに行った。それを横目で見つつも咎めることはなく、彼はつづけた。



「軽く文献見て調べてみると、電気がなかった時代は部屋が暗く、爪を切る際に手元が狂って怪我をしない為、というのが出てきて、ほかにも爪はずっと伸び続けるから魂が宿るとされたとか、「夜の爪」→「世詰め」つまり死を連想させるからというものもあったね。

…でもね、なぜ夜に爪を切ってはいけないのか、というのはここで納得できたんだけど…あ、わかった?そうなんだよ。」



同意を求めてくる彼だが、あいにく私はなんのことだかわからない。わかったようなそうでないような曖昧な笑みを返しながら、湯が沸くのを待った。



「なぜ、「鷹の爪」がでてくるのか。というのが一切わからないんだよ。



「夜の爪がどう鷹の爪になったのか、なぜそれがいけないのか、といったのがね…分からなかったんだ。流石に「夜切る爪はトウガラシ」とかではないだろうから、動物の鷹の爪だと見当はつけたんだけど。夜の爪から全く無関係の鷹が出てくるのが本当におかしくない?って不思議に思ったんだよね…

フィールドワークにちょうど葛飾に行ってたんだけど、鷹についてもついでに聞いてみたわけ。いや、運がよかったよ僕は。興味深い話が聞けたんだ。」



一息ついた彼に出来上がったコーヒーをおすそ分けする。コーヒーで余計のどが渇くかもしれないが、水分は水分。






[とある民家の60代の男性]



葛飾のとある民家の男性。少し汗ばんだ顔を首元のタオルでぬぐいながら、教授にお茶を出したらしい。



『ああ、あそこの山見えるかい?あそこの山。そうそう、あれはもとはね、「おたかば」だったんだよ。おたかば。…え?漢字?なにか尊敬するときに使うあれ、そうそれに、鳥の鷹に、場所の場。御鷹場。江戸時代に鷹狩が流行っていたのは知っているかい?ははあ、やっぱり教授さんってのは凄いんだねぇ。そうそう、徳川家光あたりが熱を上げていたんだよ。それで鷹狩に使う鷹が減っちゃあいけないっつうもんで、あそこはずっとお偉いさんの武士しか入っちゃいけなかったんだと。今は今で私有地だから入れないんだけどさ。あはは。鷹は権力の象徴とか吉兆のあかしとか言われてるのはそこから来てるのかねぇ、一富士二鷹三茄子とか言うしねぇ。

ああ、なんでそんな知ってるかって?僕の所有なんだよ、一応。武士の御家人の扱いで賜ったとか…そうじゃないとか…ひょんなことで明治くらいから僕の家が管理してるらしいよ。』



そう笑いながら話すと彼は部屋を出て戻ってきて、家系図を見せる。「●代目 名前」が書き連ねられておりそこそこの名家だなあ、といった印象。似たような家系図を数多く見てきた教授は、一つ引っ掛かった部分があった。



「●代目 名前」の下に小さく書き連ねられた名前。その羅列が妙に気になった。


やけに、違和感がある羅列。普通●代目が連ねられた当主の下に書かれるのは身内か、現代で言う部下だけである。苗字がバラバラなので身内では確実にない。けど部下だったら役職が書かれていないとおかしい。両者でもないのだとしたら、彼らはだれなのだろうか。


違和感を覚えつつもその場では言及せず、御鷹場に興味を持った教授はそこへの立ち入りの許可を頼んだ。その瞬間、男性は急に顔を強張らせた。右手を後頭部にのせ、撫でさすりながら慌てたように取り繕う。


『い、いやあね、ずっと手入れもなんもさぼってたから入ったら危ないな。立ち入りはさすがに許可できんね、うん。

あとな、あんまりあそこには行きたくないわけ。心霊スポットにもなっているくらい良い噂がなくてなあ。武士の幽霊が出た、だとか生首飛んで行った、とかいろんな話を聞くんだわ』


それっきりあまりその話題には触れづらそうにしていたので、教授は本題の研究に話を移した。その後恙無くインタビューが終わり、民家を出た教授はそこら一帯に住んでいる人にその「御鷹場」について聞き込みをした。管理してる人が話したがらないなら、その周りの人に聞いてみようという魂胆である。大体の人は、あそこは武士の幽霊が出るから近づかないほうがいい、とか山に死体が埋められていたらしいけどよくは知らない、とか具体性のない怖い噂だけをしっているだけであった。共通認識としては近寄らないほうが良いよ、とのこと。

残念ながらそれ以上は特に進展もなく、鷹狩と心霊スポットという良い話のタネができたな、くらいに思いフィールドワークを終えたそう。





教授はここまで話してふうとため息をついて、また話を再開させる。



「まあここまでだったら。「夜切る爪は鷹の爪」のおまじないの下りはまったく関係ないんだけど。実は、まだ続きがあってね。勝手な憶測を立てられるくらいには面白い話が舞い込んできたんだよ」





[御鷹場周辺に住んでいる20代男性]



フィールドワークの約1週間後、研究室で文献整理をしていた教授に1本の電話。


相手は例の御鷹場周辺に住んでいた20代後半の男性だった。聞き取り調査をした中に彼の母親がいたとのことで、何かあったらご一報くださいと渡していた名刺を母親伝いに入手したとのこと。そこには「○○大学」と表記されているので、電話番号を調べて電話して教授に取次ぎをお願いしたのだと言う。



電話越しの20代後半の男性は、堰を切ったように話し始める。



『いや、ここまでして話したいのは本当に自己満足なんです。自分の中でほんの少しの安心感と誰かがこれを知っているっていう仲間意識がほしいだけ。…あ、これを知ったら呪いにかかる、とかそんなんじゃあないから。現に俺も怖いだけで実害は何も起きてないですし。大学の教授さんだったら明快な答えも返ってくるかもしれない…っていうかすかな期待もあったりします。』



電話越しの声は、少し止んで、そして息を吐いた音が聞こえたと同時に再開した。



『御鷹場については知ってます?そうそう、あそこ御鷹場とかいう堅苦しい言い方より、たかやまってよく俺らの中では言われていました。小学生の時は「たかやまの前で集合な!」とか約束してそのまま虫を取りに行ったりしたなあ。…あ、私有地なのは知ってました。けど、皆も抜け道通って遊んでたから、いいかなって。当時は、ですよ?今は反省してます、すみません。…あ、話し戻しますね。んで、山を登った中腹あたりに小屋がポツンとあるんですよ。農作業の道具がしまっておけるくらいの、そんな小さな掘立小屋。俺らが小学生の時から整備はされてなかったです。そこそこ山奥にあるのでたどり着くだけでも精一杯だし、気持ち悪かったから入れもしなかったです。

けど、クソガキになった中学生くらいの時に夜に肝試しをしようってことになったんですよ。みんなが気味悪がっていた、あの小屋に行って帰ってくるっていう簡単な肝試し。小屋に行った証拠を作るためにも昼のうちになにか小屋の中にものを置いておいて、それを取りに帰ってきたら肝試し成功にしようってことになったんです。

流石に昼だったら怖くないやろ、って言い出しっぺの俺が1人でサクッと行くことにしました。そう、夏だから死ぬほど暑くて愚痴をこぼしながら小屋に向かったなあ…小屋の外見はぼろっちくて、ところどころ腐食が進んでいるからかはわからないけど、扉はありませんでした。初めて入るのでちょっとだけ緊張して、でも昼だからとそこまでの躊躇はなく入りました。

中は六畳ほどで、掘立小屋なので床はなく、黒い土がむき出しになっていたり雑草でおおわれていたりしました。拍子抜けなほど特に何もなかったです。無意識のうちに詰めていた息をふうと吐き出し、肩を撫でおろしました。それで、肝試しの準備に取り掛かりました。準備といってもなにか目印を置いておくだけ。持ってこれなかった時に困らないもの、とか考えて特にいらないトレーディングカードを目印にすることにしたんです。コモンのカードを4枚。ペア分けとかあるかもだし、当時それにドはまりしてた俺にはたくさんのカードが持っていたのでとりあえず4枚置きました。…が、1枚手が滑り地面に落ちてしまったんですよ。風に乗って、入ってきた扉の隅の方にひらりと地面に落ちた。まあ、落ちたから拾おうってなるじゃないですか。


けど、俺見ちゃったんですよ。アレを。』


彼はここでずっと動かしていた口を閉ざした。何かを言いあぐねているようだったが、教授は静かに待っていた。すると、ややトーンの落ちた声で彼は話を再開させた。


「膝まげてカードを拾って…気づいたんです。小屋の隅に何かが積もっているの。雑草でも、虫でもない透明っぽい何か。ちょっと気になって、じいってよく見てみると、何かわかってしまって。


…爪だったんです。爪。人間の、だと思う、多分。


何人分何かわからないけど、四隅に塩を盛る感じで、こう、こんもりと。いや流石におかしいだろ、って思ってもう一方の隅も見てみると、そっちにもあって。…結局、四隅全部に爪っぽいのがあったんですよ。触ってもないから実際爪だったのかはわからないんだけど、それでもさすがに怖くてさ、拾ったカードをそのまま持って逃げ出したってわけです。流石に、さすがに見間違いだろ、ということにその時はしました。

肝試しは計画通り行われました。ああ、いやいや…怖いからやめよう、なんて言ったら三ヶ月くらいからかわれますよ。そう、それで肝試しはペアで3組。自分は最初の番だったので、なるべく四隅を見ないように、さっさと帰りました。ペアの相手も内心怖かったみたいで早めに帰れてよかったですよ、本当に。特に何も起こらなかったですよ、俺の番は。

…ああ、はい。そうですよ、3組目。最後の組に、この電話で話したいことが起きたわけです。最後のやつらは結構、なんというかヤンチャなやつらで、ギャーギャー騒ぎながら小屋に出発していったんです。けど…そいつら、帰ってこなくて、中坊だった俺らは嫌々ながらも、何かあったらいけないからって全員でその小屋に向かったんですよ。そしたら、その3組目のやつが倒れてて…慌てて駆け寄りました。多分、あいつら、小屋でなにか騒がしくしてたんじゃないかな…って、思ったらピンと来たんですよ。

あの爪の山、崩したんじゃないかって。だから何か呪いを受けちゃったんじゃないか…って。

いや、ぞっとしましたよ。ゆすったらすぐに意識を取り戻したんですけどね。精神が錯乱している…とか怪談でありがちなことは一切なかったし、そいつらは今もぴんぴんしていますよ。でも、一つだけ、外傷?みたいのがあって…

そいつら二人とも深爪になっていたんですよ、やや血がにじみ出るくらいの』





教授はそのあと民家の男性に見せてもらった家系図の下に羅列されていた名前を調べた。ほとんどの名前は情報が出てくることはなかった。おそらく名前も書類に乗らないくらいの農民だと教授は話している。しかし、一人だけその名前に関する記述が発見された。以下がその記述である。





「杉山 枚葉(すぎやま ぼくよう1908年生まれ)陸士42期、日本陸軍大佐。第二次世界大戦にて大本営陸軍部、第6航空軍など前線と中央を経験した後に帰国した。その後、治安維持法で取り締まりを受け、1942年現東京拘置所にて死亡。」


(イメージ画像作成中)





ここまで話して、写真を見せてもらって、ようやく教授は自身の考えを話し出した。


「御鷹場の話、彼の体験、そして、家系図の下に書いてあった謎の名前群。これらから、勝手な憶測をしてみたんだ。」



「…御鷹場って、偉い武士しか入ってはいけない。ということは、あそこは権力の象徴だったんだ。管理をしていた彼もそんなことを話していた。それで、爪には魂宿るという言い伝えが日本にはある。魂が宿っている爪。…そんな爪を切り、魂を削ることで霊とより近い状態になり、生贄のような形で爪がささげられていたんじゃないかな。何にって…分からないよ。神かもしれないし、悪霊かもしれない。とりあえず、電話の彼が言っていた小屋では何かをささげていたんだよ、たぶん。…もしかしたら今も続けられているのかもしれない。

それで、証拠はない考えなんだけど、その爪を作っていたのがあの「●代目 名前」の下に書いてあった小さな名前の人々。確かに、役職なんか付けられないよね。生贄の部類なんだもの。

だから、人として爪を切ってはいけないんだ。鷹の爪にしないと、神とつながりができてしまって、生贄になってしまう。反戦を唱えた杉山牧葉が処罰として生贄として扱われたのかもしれないね。」


そう言い切った後に、机に広げていた何もかもを彼はかき集めた。そして、整理のできていない資料棚に押し込む。



「まあ、完全に、僕の妄想だからね。違うことを祈っているよ。」



そう呟いた教授は、自分に言い聞かせるみたいだった。





※この話はフィクションです。民俗学的ホラーがとっても大好きなので考えて書きました。ということにしておいてください。


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