【怪談】手洗い
「小学校の時、手洗いが苦手だったんすよね~」
そう言い頭をガシガシと書いたのはバイトの後輩のEくんでした。軽薄そうな笑いに反して細やかな気遣いができる彼は、いろんな人から可愛がられていたのを思い出します。宴もたけなわになり、ほとんど空のレモンサワージョッキを片手に彼は小学生時代の思い出を語り始めたのです。
彼の通っていた小学校は普通のコンクリート建築三階建て。手洗い場も細長い低めのシンク、といったどこにでもある形だったそうです。彼が苦手となった原因は手洗い場にあるのでなく、手洗い場には必ずある石鹸でした。
レモンの形をした黄色い石鹸。それが網に入って蛇口にぶら下がっている。手を水で濡らした生徒は網ごと石鹸をこすり、泡立ったものを使用するんです。しかし、ある時を境にEくんはこの石鹸が怖くて仕方なくなったそうなんです。
ある放課後、小学校のクラブ活動を終えたEくんは1人で外から校舎に戻りました。クラブ活動の内容は毎回変わるのですが、その日はサッカー。もちろん手は洗わないといけません。彼は何と思うこともなしに、手を洗いました。
蛇口をひねり水を出し、手の全体を濡らす。すりむけやささくれに少ししみるな、いやだなーなんて思いながら彼はそのまま、あの、レモンの石鹸をこすり始めました。白い泡がでてきます。
しかし、白い泡だけではありませんでした。
指の先にぬめり、とした感覚。石鹸のものかと思いましたが、そうではありません。何か、変な感触がするのです。不思議になって石鹸の裏を網を持ち上げるように見ました。
…そこには、まっかな、太ったなめくじのような物体がいたのです。
「今思うと、ヒルだったような…ほら、血を吸って満足した、アレ。アレに似てたかもな~」
その後、虫の苦手な彼はその石鹸を放り投げて外に駆け出したそうです。翌日みんなにからかわれながらも大人数で確認。そんな虫はどこにもその手洗い場にはいなかったそう。
まあ、虫でしたら気持ち悪い話で済むと思うんですが、ふと私思ったんです。
ヒルでも、なめくじでも、石鹸の裏には貼り付けないのでは?って。そんなことしたら多分すぐ死んでしまうんですよね。そういう虫は。
その場では何も言いませんでしたが、ひそかに背筋を凍らせておりました。その物体は、彼の見た幻なのか、本当に虫なのか。どっちなんでしょうね?
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