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断崖絶壁
オスロの西岸のスベンスケベインの街の
こじんまりとしたホテルのコーヒーショップで
ココアを頼んで待っていると、ウェイトレスは
隣のテーブルの若い男女の男の方に
それを持って行った。
男は戸惑い、肩をすくめ両手を広げた。
ウェイトレスは見回してこちらを見た。
私が軽く頷くと三人はそれぞれを見合い、
微笑み合った。
これが切っ掛けでアメリカから来たという
ジェインとステファンと会話が始まった。
二人はこれから有名なパルピットロックに
行って死の恐怖を味わいにゆくと言い放った。
それはリーセフィヨルドの入り江に
舞台のように屹立する600メートルの
断崖絶壁でノルウェーの人気の
スポットである。
ここから2時間程で行けるので
一緒に来ないかと誘われるが、
にべもなく断ると大笑いになった。
無類の高所恐怖症で梯子を三段以上
登っただけで肝が冷える。
それにそんな、わざわざ死のイメージを
持つ為に行くなんて・・・
この歳になると夜毎、己の最期を思い、
身を縮めているというのに。
若い頃は自らの死など露ほどにも
考えられないものだ。
バックパックを背負った二人の無邪気な
笑顔を見送りながら、この若者たちも
やがて時に流され、私の年齢になってゆくことを
思うと無性に寂しい気持ちに襲われたのだった。