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三歳までに全て清算済み
ランドセルを背負って黄色い帽子を被った女の子が
お母さんと歩いている。
あっち向いてホイをやって毎回お母さんの指さす方に
顔を向けてしまい、その都度お母さんにしがみついて
大笑いしている。
こんな様子を見ると、こちらも幸せな気分になる。
思い起こしてみれば子育ての頃はこんなじゃれ合いは日常の事で、
どれだけ幸せだったのだろうか。
人生にクライマックスというのがあるとすると、
間違いなく子育て時代だったと云える。
今となっては孫たちも大きくなって抱き寄せることもできない。
柔らかくて暖かくて少し酸っぱい汗の臭いが懐かしい。
ひ孫を抱っこできるようになるには、未だ大分先の話しだろう。
奈良時代というから1200年以上の昔、
万葉集の詩人山上憶良が子供の大切さを最上級で詠んでいる。
銀も金も玉も何せむに まされる宝 子にしかめやも
もう身を捩りながら子供の可愛さをまっすぐに表してくれている。
昔からの言い伝えに、親は子供が三歳までに
一生分の親孝行を受け取るというのがある。
なるほど、赤ちゃんの姿、仕草、寝顔、笑顔、寝返り、立ち上がり、
マーマと呼んだ瞬間など、言葉にできない喜びを与えてくれる。
そうすると、四歳からの親孝行は
いわば棚からぼた餅のような有難い余禄ということになる。
そう考えると我が子たちが大きくなるまで、
あれこれと苦労もあったが、
決算すると、どれだけのおまけを貰ってきたことか。