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カメラマンは黒装束
ロサンゼルスからやってきた新進気鋭のカメラマンと
拙い英語ながら話す機会があった。
アルコールのお陰で段々会話が緩んでゆく。
彼の黒い髪は肩まで長く、黒い髭が顎を覆う。
身体は動きを止めること無く、BGMのリズムに身を委ねている。
大きな身振り手振りに引き込まれて、こちらも普段はしない
大きな動作になってゆく。
大げさに「オーイェー!」などと大声を出して
気恥ずかしくなって、周囲を見回したりした。
服装についての話に及んだら、カメラマンの神髄らしき片鱗を見せた。
「どうしていつも黒い服を着ているのですか?」と問うと
少し真顔になって身体の動きを止めて言った。
「カメラマンの仕事というのは光を捉えることなんだ」
と言いながら店内の照明に手を差し伸べた。
「余計な色に神経が振り回されないように、感覚を研ぎ澄ませるんだ」
なるほどそれで、色を追究するアーティストたちは黒い服に身を包むのか。
「それから、もう一つ重要な事があってね、それはモデルさんを
撮影するとき眼球にこちらの様子が全部映り込むんだ。
周囲もカメラマンもスタッフたちも全部」
言っている意味がよく解らなかった。
「写真で見るモデルさんの眼に何かが映り込んだとしても、
小さくて問題に ならないんじゃないですか?」
「それがそうじゃないんだ。写真を見る人の眼は想像以上に鋭くてね、
プロならその辺にも気を配るわけ、だから映り込まないように
カメラマンもスタッフもみんな黒を着るんだ」
とこちらの眼を射るように見た。
それから表情を緩めてニコニコしながら
「撮影の時には、モデルさんの心持ちが大事で、
好みの音楽を訊いて BGMをセットしたり、
野外の場合はバーベキューパーティーのスタイルにして
楽しい気分にして乗せてゆくんだ。
そういう心理学がカメラマンには必要なんだね」
人気のカメラマンのプロ意識の高さに感心した。
話し終わると、両手をあげて天を見上げて叫んだ。
「ああ、早く帰ってスタジオに入って撮影したいなあ」
こういうのを天職というのかと目の当たりにした。