見出し画像

全部嘘

アンダルシアの美しい街ロンダの
トバーロ爺さんは昼日中から
バールに入り浸り、
いつものテーブルでぶどう酒を飲む。
時折、背後のテレビにくるりと
振り向いて「メンテーラ!」と叫ぶ。
 
ジプシー・ロマの人たちは自分たちをヒターノと呼ぶ。
あるヒターノの老人は自身の死期を悟って、親友のぺぺを呼んでもらった。
そしてベッドに寄り添うぺぺに、老人は最後の力を振り絞って語り出した。
「おお、よく来てくれたぺぺ、お前には長い間、本当に世話になったなあ。
最後に、本当の話をしてやりたいと思って呼んだんだよ」
すこし咳き込んでテーブルのグラスの水を指さした。
そのグラスを手渡すと目を瞑って一口飲んで「うまいなあ」と言った。
「ぺぺなあ、わしはお前に色んなことを話してやっただろう」
ぺぺはうなずく。
「あの有名なディエゴ・デル・ガストールのギターでわしが歌ったことや
旧い唄の謂われやわしたちヒターノの言い伝えとか、色々話したよなあ」
ぺぺはたまらず涙を浮かべ、しゃがれた声を聞き逃すまいと耳を傾けた。
しばらくの無言の後、
「ぺぺよ、わしが話したことは全部メンテーラなんだよ」
と言って事切れた。
メンテーラはなんと「嘘」という意味だ。
ぺぺはこの老人の言うことを信じて生きてきたのでガクッと肩を落として
静かに帰っていった。
老人の息子たちは、酒が入るとこの話をして大笑いする。
価値があると信じていた壺が偽物だったと分かった時、
落胆と同時に滑稽さと清々しさがやってくる。
虐げられて生きて来たヒターノの人たちは、
こういう逆転の話で盛り上がるのである。

                       堀越千秋へのオマージュ


いいなと思ったら応援しよう!