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逗子の海の風
桜満開の絶頂期を過ぎると
桜の名所の人出はガクッと減って、祭りの後の寂しさが漂う。
あまのじゃくの DNA があるらしく、
人もまばらになった桜見物に出掛けた。
ついでに温泉に立ち寄って、露天風呂にゆったり浸かって
散り始めた桜を見る贅沢に与った。
暖まってもうろうとしていると、目の前に一枚の桜の花びらが
ひらりと水面に浮いた。
面白いことに、くの字に折れ曲がった花びらは
帆を張ったヨットのように浮き、
立ち上がったセールに風をはらんで、右や左にセーリングしている。
真横からの風にはウインド・アビームで進み、
後ろからの風にはランニングで速度を上げる。
巧みなセーリングに見とれていると、
若かりし頃、逗子の海で仲間達と
ディンギーで帆走していた思い出がやって来た。
目を瞑ると、青い海と青い空、白いヨット、
仲間達の若々しい笑顔がありありと見えてきて、
おまけにトンビのピーヒョロロという鳴き声まで
聞こえ、懐かしさに胸がキューンとした。
ほんの一瞬の桜の花びらの振る舞いが、
何十年も前の記憶を、絵巻物を解き広げるように
見せてくれたのだった。