水面
駿府は家康の手腕で木工の産業が栄え、
木の模型やプラモデルのメッカとして今に伝える。
その静岡で帆船模型の撮影を担当した事がある。
朝一番の新幹線に乗って、工場に着くと既にテーブルの上には
瀟洒なカティーサークが据えられていた。
カメラマンと助手も来て、挨拶もそこそこに機材を広げ始めた。
カメラマンは、のっそりと風采の上がらない無口な男で、
対照的に助手はせわしなく照明のスタンドなどを立てている。
カメラマンは腕を組んでジッと被写体を見つめている。
助手にグラスに水を入れて持って来て、と指示した。
二日酔いか何かで、水が飲みたいのかと思っていると
そのグラスを模型の側に置いて見てから、カメラの位置を
決め撮影が始まった。
数枚のポラロイドでテスト撮影してから本番撮影。
シャッター音とストロボのキューンという音が
数回あって、あっという間に終了した。
あまりにあっけなく、これで大丈夫かなあと訝しんだ。
お昼に掛かりランチに誘い、よもやま話しの間に
あのグラスに水の謎を訊いてみた。
すると、帆船の細いロープをくっきりと写すために、
長めの露光が必要だった。
ところが工場前を国道が走り、振動があるとぶれてしまう。
そこでどの程度のブレになるかコップの水面を見ていたという。
それを聞いて大いに納得して東京に戻った。
数日して届いた写真は予想以上、実物以上に迫力があり
秀逸な仕上がりだった。
こうなると、カメラマンのあの蛮カラぶりが、
逆に素敵に感じるから不思議だ。