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湯の楽しみ
有り難いことに温泉でコロナ感染クラスターが起きたとは、
とんと聞かない。
露天風呂であごまで湯に浸かり寒空を見上げていると、
どうだという勝った気になる。
周囲の人達の様子を見るのも一興だ。
湯の中で爬虫類のように微動だにしない初老の男。
湯船の縁に腰掛けて、タコのように赤くなった半身を
冷ましているスキンヘッドの男。
よく肥った中年男、腹は臨月の妊婦のようで、
中に何を蓄えているのだろう。
強面でいかにも乱暴者にみえるヒゲ男が、使い終えた洗面器や座椅子を
丁寧に洗っている姿は微笑ましい。
手桶で湯船の湯をすくい、しきりに床に流している老人、
床の掃除のつもりだろうか、自らの心の垢を洗い流しているのだろう。
若い父親が小さい息子を膝に挟んで、頭を洗ってやっている。
石鹸が目に入って痛くないかと何度も耳元に声をかけている。
子を大切に扱う姿にすっかり見惚れた。
中学生くらいだろうか、4人組が寒い寒いとドジョウが絡み合うように
大盛り上がりでやってきた。
古い機械が軋む音のような声変わりの笑い声が飛び交う。
全員律儀に股間をタオルで覆っている。
羽根の生えていないひな鳥を守ろうというのか。
赤の他人が、丸裸で過ごすひととき、それぞれの人生のあとさきを
愛でたい気分に包まれた。