三角形の命の痕跡
さあ、ご飯だよ、あんたたち!
よそ見なんかしてないで、急いで食べるんだよっ!
かあさんの声にせかされて、娘と息子は夢中でかじりついた。
八分目ほどだろうかお腹が膨れて一息つくと、
地を震わす轟音とともにこの世が消えた。
七夕の頃の蒸し暑い夕方、家の裏手のゴミ置き場を片そうと
踏み込むと何匹もの蚊が色めきだって飛び回り、
腕や脛の素肌にたかってきた。
手で払いながら燃えるゴミ、燃えないゴミの袋の分別作業をしていた。
右の脛の辺りがこそばゆい。
反射的にパシっと叩くと大きめの蚊と小さめの二匹の蚊が
三角形を成して潰れた。
僅かに手のひらに血が付いている。
私の血に違いない。
それにしても蚊は、ただ血を吸うだけなら、
それ程に嫌がれないだろうに、
わざわざ痒みの元を残してゆくし、場合によっては感染の菌を
植え付けてゆく。
少しぐらいの血なら吸われても惜しくはないが、
その後の災いを考えると情状酌量の余地はない。
ただ、その度にこの同じ時代に生き合わせたもの同士、一方的に消し去る
というのはどうも気持ちの良いものではない。
生き物は他の生き物を犠牲にしなければ生きてゆけないという
厳然とした仕組みが辛くなる。
全知全能の神さまの意図を測りかねる。
ゴクゴクと脛の血を吸って、一瞬でも幸せを味わった蚊の母子たちに、
その摂理を一緒に恨もうかと手のひらの三角形に問いかけた。