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ジェラルドとアンディ(田崎)

時々思い出すこと。
最近思い出す頻度が上がったので書きとめておく。


私の家はホームステイの受け入れを何度かしている。私がまだ実家にいたころで確か4回。

最初の受け入れは小学校何年生のときだったか、パプアニューギニアからジェラルドという男性が来た。

ある夜、父と母が今からジェラルドを迎えに行くと言った。
車で向かったのはベイサイドプレイスだったと思う。
そこには酔ってベロンベロンになっているジェラルドがいた。たくさん吐いていた。

父と母が介抱して、車に乗ったジェラルドは泣き喚いていた。
車内はなんとも言えない複雑な空気だった。
ジェラルドの言葉が全く理解できない私は父と母に何があったのか聞いた。

ジェラルドはベイサイドプレイスのパブかバーかで、ビールをどれだけ飲めるかという勝負をしていたらしい。40杯とか50杯とか飲んでジェラルドは負けたらしい。相手は白人だったらしい。

今思うといろいろ想像することがあるけれどそのときの私にはお酒を飲む勝負に負けた、ということくらいの認識で、だけど父と母の「いろいろあるんだよ」という言い方と車内の異様な空気でか、相手が白人だったという情報をはっきりと覚えている。

ジェラルドは泣いて私には理解できない言葉を叫んでいた。


ジェラルドのことだけ書こうと思ったけれど、ついでと言ったらなんだけれど、アンディのことも書いておく。

アンディが来たのは中学生の頃だったと思う。アメリカから来た。若かった。

私の家にステイした後もいくつかの日本の家を転々としていた。
アンディは北海道で行方不明になった。

どこかの沖、漁師さんの船のカメラでアンディらしき人が映っていたのがわかったけど、アンディは結局みつからなかった。


2022.1.7

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