真夏の果実


「今年夏らしいことした?」



昨日の夕方ごろに百瀬さつきと河邑ミクという同期芸人たちとそんな話題になった。
用事があって3人で集まった帰り道。



河邑は「仕事でプールには行ったけど仕事やからなあ。遊びで夏らしいことはしてないなあ。」なんて言っていた。
百瀬は今月末に単独を控えていることもあり夏らしさなんか感じている暇もないらしい。


かくいう僕なんか夏がいちばん似つかわしくない人間であることは自覚している。
2人とも僕には聞いてこなかったのがそれを物語っている。

僕の家はとりわけクーラーが効きにくいもんで家の中では誰よりも夏を感じている。なんて話をしようとしたけど、ここでいう「夏らしい」というのはそういうことではないのだろう。
口を閉ざしておいた。



1人になってから
この夏は何をしたかなあと思い返してみる。
頭に浮かんだのは、
新宿バッシュやらハイジアV-1やら下北沢シアターミネルヴァやらの小劇場の光景ばかり。




いつもと変わらないじゃないか。


僕は20代中盤ぐらいからこれらの劇場と家との往復を延々と繰り返すうだつの上がらない日々を過ごしている。いわば日常。
夏はライブも多い。
7月は30本ほどライブがあった。
ほぼ毎日が劇場と家との往復。
むしろ他のシーズン以上に
極太の括弧で括られた「日常」な毎日だった。

これはいけない!
まだ幸いにも10日近く残されている!
夏らしいことを何かしたい…!!



「夏らしい」で真っ先に脳裏に浮かぶのは海やらプールやらだ。
しかしながら僕は実家が湘南の方にあるにも関わらず海があまり好きじゃない。
数えるほどしか行ったことがないし
ここ20年は水着を持っていたかすら怪しい。


素敵じゃないかの吉野に「メロディが湘南出身なのってほんま意味ないよなあ。湘南を楽しめる人間じゃないもの」なんて言われたこともある。
反射的に怒ってはみたけど、反論は思いつかなかった。彼は至極真っ当なことを言っているなと頭の中では思っていた。



捻り出すとすれば大磯ロングビーチで買ったばかりのクロックスを盗まれたのが地元での唯一の夏らしい思い出だろうか。
こんな事を書いてたら海にもプールにも行きたくなくなってきた。
ううう。別な策を練ろう。



そもそもM-1グランプリ1回戦が8月にあるのがいけないんだ。
調整やらなんやらで、何日もの夏をM-1に持っていかれる。
僕たちも8/19に1回戦があった。例年より2分ネタが上手くいかないなんてこともあって多くの日数を調整やらに費やしてしまった。

決勝が冬なんだから1回戦はもっと遅めに開催するべきである。



そんなことを考えていたら百瀬から連絡があった。








スイカをもらえた。


いや、「夏」がやってきた。
何年ぶりだろうか。
捕食可能の夏だ。

懐かしいなあ。
子どもの頃の夏休みにじいちゃんちの軒下で齧っていたなあ。


よく考えたらそんな事実はなかったけれど
雰囲気に飲まれた。
そんな幻覚を見せるほどの圧倒的な「夏感」
夏が止まらないまま
冷蔵庫に入れて3時間ほど冷やした。


サザンオールスターズ「真夏の果実」を流した。
目や口だけでは飽き足らず
耳からも夏を摂取しようと試みた。

冷蔵庫からスイカを取り出す。
赤い果肉にかぶりつく。
口の端を汁が滴る。
そして首元まで流れ落ちる。
敢えて拭きはしない。
食べ終わった後ぐらいに汁が渇いてベタベタとなるのだろう。
さぞ気分が悪いだろう。
だが、これでいい。
これが夏なのだから。


種をティッシュに吐きだす。
これが面倒くさい。
だがこの面倒さこそがスイカの甘みをより引き立てる。
これだよ。この面倒で億劫な感じも夏なんだよ。


一挙手一投足。全ての所作が夏になる。
まさに真夏の果実だ。
「スイカは果物じゃなくて野菜だよ」なんて野暮なことを言う奴が昔の友達にいたな。
あとでLINEをブロックしておこう。



あっという間にスイカをたいらげて「夏らしいことをした」という充足感に浸った。
時間は午後11時過ぎだった。
サマーな夢心地のまま
ベタベタとした手でスマホをいじる。


あ!今日は22日か。支払いが今日までだ。忘れていた。
コンビニへ向かう。



店員「お支払い9800円ですね」


エアコンの使いすぎで電気料金が跳ね上がっていた。



これも、夏。

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