登下校

僕の小学校は家から30〜40分ほど歩いた場所にあって

小学校一年生の頃からウメダくんという子と毎日登下校していた。仲が良かった。
ウメダくんは家が近くで通学路の途中にあったので一緒に登下校するにはちょうど良い家の距離感。


なんで仲良かったのかは覚えていない。小1の仲の良くなる理由なんて覚えていないし。さほど大した理由なんてなかったのだろう。とりあえず仲良く登下校していた。


ウメダ君の住む家の近くには
円形の小さなコロセウムみたいな広場があって、登校の時はいつもそのコロセウムに集合して一緒に学校へ向かう。


何を喋っていただろう。架空のテレビ番組の話や自分の考えた漫画の話なんかをお互い作ってきてケラケラ笑いながら歩いていたと思う。ちょうど家と学校までの距離で話し終わる30分〜40分尺のホラ話を作って登下校中にお互い発表し合っていた。


そんな日々が小学校4年まで続いた。
1〜4年まではウメダ君とクラスが一緒だったのだけど5年生に上がるタイミングで初めてクラスが分かれた。

そうなると登校時刻は変わらないが下校のタイミングがクラスによってズレる。
帰りの会が長い先生と短い先生がいるからだ。
長い先生の方が当然帰り時間は遅くなる。
僕のクラスは帰りの会が短い先生。ウメダくんのクラスは長い先生だった。2つのクラスの帰る時間には10分ほどのラグが生まれた。僕は自分のクラスの帰りの会が終わるとウメダくんのクラスの前で10分ほど待ってから一緒に帰るという日々を過ごしていた。


クラスが変わって僕は新しくアッちゃんという新しい友だちが出来ていた。
アッちゃんはなぜか僕のことを気に入ってくれて授業でグループを作る時なんかはいつも僕を誘ってくれた。ウメダくんはどちらかと言うと内向的な性格だったのだがアッちゃんは逆の明朗快活な感じ。
僕としては初めて友達になるタイプの人で、多少の戸惑いはあったけど僕のことを気に入ってくれたのは嬉しかった。

ある日の放課後。帰りの会が終わっていつも通りウメダくんのクラスの前に向かおうとしていた僕に

「一緒に帰ろうぜ!」

アッちゃんが声をかけてきた。

いや、でもウメダくんがいるし…なんてことを思ったけどこういう積極的なタイプの人の誘いを断れない性格。僕は気づいたら下駄箱に向かってアッちゃんと一緒に帰ってしまっていた。

4年間ではじめてウメダくんがいない帰り道。ウメダくんは今ごろ僕のことを探しているのだろうか。
とてつもなく悪いことをしてしまった気分になってアッちゃんと何を喋ったかも覚えていないまま家に着いていた。

次の日の朝。待ち合わせのコロセウムに着くとウメダくんが待っていた。後ろめたい気持ちで「おはよう」というと「昨日どうしたの?」と返ってきた。表情からは怒りは感じられず純粋に不思議に思っている感じだった。

「ちょっと、色々あってさ。1人で帰ったんだ。ごめん」

「そうなんだ!オッケー!」

ウメダくんは特に疑問に感じる様子もなくいつも通り2人で架空の変な話をしながら学校に向かった。

その日の放課後。今日こそウメダくんのとこに。そう思った瞬間に

「今日も一緒に帰ろうぜ!」

アッちゃんがまた誘ってきた。
断ろうとしたがアッちゃんは割とガツガツとした性格。結局丸め込まれて一緒に帰っていた。


そんな日々が1週間ほど続いた。

朝、コロセウムの所に行くとウメダくんの様子がいつもと違った。

「裏切り者」

鋭い目で僕のことを睨みつけてきた。さすがにおかしいと思い僕のクラスの人に聞いて、僕がアッちゃんと一緒に帰っていたことを知ったらしい。その日から僕とウメダくんは一緒に登下校することはなくなり、クラスも違うために会うこともなくなっていった。

そんなある日の昼休み。

「小林とアッちゃん。ちょっと来いよ」

ウメダくんと同じクラスのスズキが僕のクラスまで来て僕たちを呼び出した。
スズキは金髪でちょっと怖い雰囲気。僕たちは人気のない階段のところに連れて行かれた。

そこにはウメダくんがいた。

「ウメダくんから聞いたよ。小林。お前アッちゃんと帰らないでウメダくんと帰れよ」

スズキが僕に向かって凄んできた。今まで平和に。争いに関わらずに生きてきた僕にとってこんなことに巻き込まれるのははじめて。動揺して何も返せずあわあわと口を動かすことしか出来なかった。すると


「うるせえ!小林は俺と帰るんだよ!」


アッちゃんが言い返した。そこからはスズキとアッちゃんの怒鳴り合い。後からウメダくんも加勢して大喧嘩になった。
登下校というのは小学生にとってはそれだけ譲れない戦いだったのだ。


嗚呼。これは全部僕が撒いた種だ。僕がしっかりとアッちゃんの誘いを断っていれば。それかウメダくんにちゃんと伝えていれば。
僕を取り合って大切な友人たちが憎しみあっている。


「僕のために争うのはやめて!みんなで一緒に帰ればいいじゃん!」
勇気のない僕はその言葉を。少しのヒロイズムに浸りながら心の中で叫ぶだけだった。


結局その喧嘩は昼休みのチャイムとともにうやむやになって終わりを告げた。
結局解決はしないまま僕はなんとなくアッちゃんと毎日一緒に帰り、ウメダくんとは気まずいまま小学校を卒業した。
中学にあがるとウメダくんは私立の学校に行ったので会うことはなくなり。アッちゃんは部活が忙しくなったため一緒に帰ることはなくなった。


時は経ち20歳の時。
しばらく会っていなかったアッちゃんから急に誘いが来た。

「今日。飲みに行くんだけど来る?」

地元に唯一ある若者も入りやすい居酒屋で待ち合わせ。少し遅れて入るとアッちゃんともう1人がすでに飲み始めていた。

「おう!きたきた!小林!今日はこいつも連れてきたよ」

久しぶりすぎてわからなかった。
しかし、よく見るとウメダくんだった。
僕に向かって手を振る。
小学校の頃は内気な感じだったが20歳になってすっかり垢抜けていた。

「小林。久しぶりだね。アッちゃんとはちょいちょい遊ぶけど小林とは小学校以来か」

ウメダくんとアッちゃんはいつの間にか仲良くなっていたのだ。
嬉しかった。
あの頃階段であんなに怒鳴り合って、憎しみあっていた2人が。ニコニコと2人で楽しそうに会話をしている。時が全てを解決したのだ。2人のそんな姿を見ているだけでも感無量だった。
そんな感情が巡る中。僕はあることに気づく。


「2人が仲良すぎて会話に入れない…?」

ウメダくんとアッちゃんは僕がしばらく会っていない間に相当仲良くなったらしい。
僕は全く会話に入れなかった。ふたりとも音楽と車が大好きで趣味が合うみたいで、趣味の話に僕はまったく着いていけなかった。そんなこんなで2人でクラブに行った話なんかもし始めて
僕が2人の話をただただ聞くだけの状態が2時間ほど続いた。
おいおい!ちょっと待ってくれよ!?2人とも僕のことが大好きだったんじゃないのか?
僕を差し置いて2人で仲良くならないでくれよ?
表情は無理してニコニコしていたが心の中では悲痛な叫びがこだましていた。


「また飲もうぜー!」

店を出たあと、2人はそう言って一緒に帰っていった。
僕はひとり呆然としていた。
あの頃。あんなに僕を取り合っていたのに。
あんなに僕と帰るために揉めていたのに。
今は僕がひとりになっていた。


あの時、ウメダくんに謝っていれば。
アッちゃんにみんなで帰ろうと伝えていれば。
今ごろ僕は2人の輪に入れていたのかな。
真夜中のコロセウムの中心で1人。
夜空を見上げた。


目に映る夜空には
そんな僕を迎え入れる星はひとつたりとも輝いていなかった。

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