2014年のヘッセ巡礼ミニベロ旅の思い出 及びシュヴァルツヴァルト山形説
わが心のゲンゲンバッハ
以前高校生の時に聞いていたNHKラジオドイツ語講座の話を書いたが、その時の教材のドラマの舞台になっていたのが南ドイツフライブルクだった。
ある回は登場人物の大学生たちが休みの日に美人女子大生ザビーネをまじえてピクニックに出かける話で、それがゲンゲンバッハと言う小さな街だった。
もちろん行ったことも見たこともない町だったが、高校生のわたくしの脳裏にゲンゲンバッハという地名と、女子大生とピクニックに行くにはいいところであるという刷り込みがなされ、いつか行ってみたいと考えたのだった。
のちにはじめて欧州をバックパッカー旅した際にドイツに行き、ゲンゲンバッハを訪ねてみた。もうラジオ講座の内容も覚えていなかったが、なるほどここがあのゲンゲンバッハかと感銘に浸った。
ピクニックの女子大生はいなかったが(いたかも知れない)、こぢんまりとした旧市街の美しさもさることながら、初めての町なのになんだか妙に落ち着く感じがした。その感覚を分析して分かったのは、
「なんか、風景が山形に似てる」
ということだった。
ゲンゲンバッハはシュヴァルツヴァルトの山地を蛇行してきたキンツィヒ川の成す谷が平野に開ける直前に位置する町だ。谷間から盆地へ移り変わる地形は山形に似ている。
さらには町はずれを流れるキンツィヒ川を馬見ヶ崎川、周囲の畑や牧草地を田んぼ、街を見下ろすチャペルのある丘を千歳山か西蔵王に置き換えればあら不思議、そこに山形が出現するではありませんか。
山形はワインもめっちゃ作っているのでだいたいゲンゲンバッハであると言ってもいい。
山形シュヴァルツヴァルト説
ゲンゲンバッハより、NHKドイツ語講座の舞台だったフライブルクを見てみよう。
これまた山形ライクな地形である。
山形は東側の山に入るともう蔵王の深い山並みだが、シュヴァルツヴァルトは谷沿いにずっと奥まで道と集落が延び、また別の川に合流する。
ヘッセ聖地巡礼
その後もドイツを旅する機会の度にゲンゲンバッハに立ち寄った。20数年間で3回だ。なんだか巡礼のようだが、訪れるたびに懐かしい場所に戻ってきたような感じがした。
ヘッセの小説にしばしば出てくる架空の町ゲルバースアウはこのようなところではなかったのだろうかと想像した。自分がヘッセの物語の昔の旅人になって「雄牛亭」とかいう名前の宿屋に入り、そこの美しい娘に「まあ旅のお方、さぞお疲れでしょう。今すぐに赤葡萄酒と腸詰、それに豚の肝臓をお持ちしますわね。」とか言われる高橋健二訳ワールドの妄想に浸ったりもした。
ちょうど十年前の今ごろ9月、3回目にして直近の訪問であった2014年の自転車旅は、そのヘッセのゆかりの地を訪ねるのも目的のひとつだった。
高校のときに初めて読んで以来、ヘッセの作品の数々はわたしの考え方や生き方に大きな影響を及ぼした。10代にして「漂泊の人」のクヌルプ、「知と愛」のゴルトムント、「荒野のおおかみ」のハリーなど、登場人物のロックな生き方に憧れた結果、こんな社会不適合者になってしまいました。
ヘッセが生まれてから青年時代までを過ごしたカルフに泊まり、少年時代を過ごし「車輪の下」の舞台にもなったマウルブロン修道院などを訪ねた。
そのあとはシュヴァルツヴァルトの山中を川沿いに走る自転車道で抜け、ついでにゲンゲンバッハを再訪するという道中だった。
「いま再びカルフに帰ることがあれば / 私はあの橋でしばし佇んでいたい / そこは愛するあの町で私が一番好きな場所」ヘッセ
カルフを発った後ゲンゲンバッハまでを2泊3日で走ったが、途中のナーゴルト、シルタッハ、ハスラッハといった小さな美しい町も一泊して味わいたいと悔やませるものがあった。すなわち倍の日数をかけてもよかった。
そのあとのルートも、フランスに入ってアルザス・ロレーヌ地方も走破しようという、短い期間でいささか欲張りすぎたものだった。
ゲンゲンバッハの宿
それでもゲンゲンバッハのホテルには2泊した。
まあドイツの旧市街によくある普通のホテルで、あまり印象に残っていない。
一方それ以前の2回の旅では、観光案内所で紹介してもらうB&Bに泊まったのだった。
教えてもらった住所は宿の看板も出ていない普通の家で、ほんとにここでいいのかなと思いつつ呼び鈴を鳴らすとおばあさんが出てきて泊めてくれるというものだった。
ちなみにその時泊まった部屋のカーテンが仙台のマンションで使っていたものと全く同じ柄のもので驚いたものだ。わたくしがホームセンターで買った安物だったが、中国の工場で作られたカーテンがかたや日本の仙台へ、かたやドイツのこの町へ売られてきたと考えると感慨深いものがあった。これも何かの縁かもしれないと考えた。
今ではあの頃そういう空き部屋を旅行者を泊めるような小規模な宿をやっていた高齢者ももういなくなってしまったし、そういう宿もネット予約の発達でかっちりビジネス化してほっこり感を失ってしまった。もうあの風情は味わえないのはさびしいことである。
ゲンゲンバッハのインスタグラムアカウントでは日々あの小さな町のあちらこちらの風景の写真がアップされ、居ながらにしてその四季の空気を味わうことができる。
この次あのエリアに行くことがあったら連泊して、付近のサイクリングトレイルを日帰りで楽しむ滞在型の旅を楽しみたい。
エアニマル・ライノのこと
このとき使用した機材は Airnimal Rhino だった。
英国のブランドが出した、小径折りたたみ本格クロカンMTBという、他に例を見ない、その後誰もそんなの作ってないという奇特な代物だ。しかしその走破性と可搬性はオフロードよりも旅行用自転車としてのポテンシャルが見出され、ツーリングに活用するユーザーが多かったことをネットで知ることができる。ワイドレイシオのギアも急坂向きだ。
折りたたみといってもBirdyやブロンプトンと違い、タイヤを外したりいろいろ手間が多く、畳んだまま持ち運ぶのは不可能に近い。フォールディングというよりデモンタブルと呼んだほうがいい構造だ。であるからわたしも行程中の畳んだり広げたりはあきらめ、ドイツ国鉄の長距離輪行も自転車専用車の指定券を買って普通の自転車として積んだ。
その時のサイクルルートは随所にグラベル区間があり、そんな時はフロントサスやワイドレイシオがありがたいとも感じることもあったが、まあ舗装路が主な国だしサス要でもせいぜいBirdyで十分だなと感じた。