岩手奥地 ミニベロ旅2005&06の思ひ出 Day2 龍泉洞から陸中野田
(この稿を記している最中2024年8月、この旅で訪れた一帯はふたたび豪雨の被害に見舞われた。付近住民の方々の安寧と早期復旧を祈るばかりである。)
KHS F20で走った岩手秘境の旅二日目。Day1はこちら↓
岩泉は龍泉洞の宿に泊まったわたしの二日目の旅程は、山中を貫く県道をたどって峠を越え、安家集落に下り、そこから川沿いに下って海を目指すというものである。距離にして60km弱。
龍泉洞から安家
前夜の3㍑のビールでリフレッシュしたわたしは南北に走る県道7号をたどって走り出した。本田川に沿って登っていくが集落はない。
最高地点たる石峠は96年に完成したトンネルで抜けられるが、わたしはそれを潔しとせずに旧道の峠道で越えた(本日の峠その1)。
峠から下り、西側の山から流れてくる安家(あっか)川に行き当たるとそこは安家の小さな集落だ。おそらくアイヌ語ワッカ=水に由来すると思しき地名通り、清流の両岸に家並みが点在していた。
2005年の時はここにある鍾乳洞、安家洞に立ち寄ったのだった。
総延長23km余は日本最長の鍾乳洞というのが売りだ。といっても見学出来るのは入り口から500mまでだが。その奥に延々と暗黒の洞窟が広がると想像しただけでぞくぞくするではないか。
受付でヘルメットと防寒用の上着(といっても観光協会のハッピ)を貸してくれる。そのいでたちだけでもネタになるが写真がなくて残念である。
外界の暑さがウソのような冷気と奇岩の織りなす異世界体験は予想以上にスリリングで愉快なものであった。写真が失われてしまったのが悔やまれるがウェブサイトで見てください。
岩泉町一帯は2016年の台風水害で大きな被害を受けた。Day1で走った小本川沿いと並んでここ安家集落もである。
2005年は安家洞を見たあと川沿いの小さな食堂でチャーハンを食べた。当時の安家川は護岸工事もなされず縄文期の原風景を思わせる美しい風景であった。しかし水害で川沿いの家々も大きな被害を受け、被災後に安家川も大規模な護岸工事がなされて当時の風景が一変してしまったことをGoogleストビューによって知ることとなる。
野田まで
安家の先、05年の旅では曲がりくねりながら海へと下る安家川沿いの道をたどった。クルマの通行も少なく木立に包まれた気持ちのいい渓流ルートだ。海岸の野田村にある国民宿舎まで走って泊まる。
翌日は同じ道で安家に戻り、そこから久慈まで走って旅は完了する。
06年の旅では野田に泊まるのは同じだが、翌日同じ道を戻るのをよしとせず、往路は塩の道として知られる旧野田街道の山越えを経て海岸に向かった。
県道7号の大月峠、県道21号の小峠とふたつの峠越え(さきほどの安家の手前の石峠もあるからトリプル峠か)を含む体力無駄遣いルートである。
リアス式海岸の旅は山から海の唐突な変化がいい。
野田の宿
野田では05、06年ともに国民宿舎えぼし荘に泊まった。海を見下ろす高台に建つ宿で、その後の震災の際にも津波の被害も遁れて避難所として機能したという。
2日間の山奥秘境サイクリングから一転してのシーサイドリゾート気分だ。
Day3につづく…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?