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メロンパンナちゃん
「メープルメロンパン焼き立てです。如何でしょうかー!」
私は二ヶ月ほどパン屋でアルバイトをしていた。怪我をしたことで店先に立てなくなり、社員と折り合いが悪くなったため辞めた。少しの間だったが、パン屋に勤めたこと自体に後悔はしていない。熱い鉄板から、まだ柔らかく脆いパンをトングで掴み、トレーに乗せる瞬間と、バターの甘い香りが漂う店内を私は忘れない。店の一番人気はメープルメロンパン。トレーに移した直後、個数制限を設けていたにもかかわらず、お客さんに、メロンパンもうないの? と度々尋ねられたのが今はもう懐かしき思い出だ。
メロンパン。表面のビスケット生地には格子状の溝が入れてあり、メロンの形に似ているからメロンパン。メロンの香りが吹き付けられていたり、メロンクリームの入ったものもあるが、そんなものを私はメロンパンと呼びたくない。
「メロンソーダだって、メロンの味しないじゃん!」
これが持論だった。その論に則ると、件のメープル味のメロンパンや、ホイップクリームやチョコチップなどが入ったものは邪道なのである。そんな私のこだわりに合うメロンパンは、とても身近に存在した。
大手コンビニエンスストア・ファミリーマートのメロンパン。一般的にイメージされる、サクサクとしたパステルイエローのクッキー生地と、茶色いパン生地。中には大粒のザラメが練りこまれている。無駄なものは全く入っていない。一〇八円という安さと手軽さから、ファミマベーカリーのメロンパンはあらゆる面において完璧なのである。
出かけるまで余裕のある、柔らかな時間が流れる朝にこのメロンパンがあるとき、私は必ずトースターにかける。六〇〇ワットで五分と一寸、じりりと捻りを回す。台所の一番奥にあるトースターからリビングまで、風に乗ってやってきて、甘い香りが鼻腔をくすぐる。これが幼い頃の記憶を呼び起こすのだ。
私が幼稚園に通っていたかどうかといったくらいの記憶。当時は高崎に住んでいたため、千葉にある祖父母の家に顔を出すのはちょっとした旅行だった。昼過ぎに着くためには、はやいうちに家を出て、朝ご飯は車の中で摂る。その度にコンビニのメロンパンのが幼いながら私のこだわりで、それすらプチ旅行の大切なピースのひとつだった。
「憂はまたメロンパンなの?」
半ば呆れ顔の母からの質問に被せるように、私は満面の笑みで答える。
「当たり前じゃない!」
「そんなに食べて、いつかメロンパンになっちゃうんじゃない?」
なるわけないじゃない。幼い頃の私でさえも知っていたが。土地が変わっても、コンビニのメロンパンはいつでも手に入る。今のわたしと繋いでいるのがこれなのだとしたら——。
メロンパン。
なれるもんなら、私はなりたい。
(執筆は2019年5月である為、現在とはメロンパンの価格、仕様が異なっています)