【掌編小説】フォーチュカロン『いいにおい』

 コウサカチヅルオリジナル作品『フォーチュカロン』の掌編小説です🌸舞台は初夏、主人公・久川かろんの自室にて。よろしければ夏のお供にぜひ✨✨

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 オレ・最上リヒトは今、『蜜人』の少女・久川かろんの家でお世話になっている。

 季節は夏で、八月の初めごろ。昼下がりの今、空は驚くほど晴れわたっている。オレとかろんは、閉めきってクーラーを効かせたかろんの部屋に、ふたりで避難(?)しながら過ごしていた。

 山吹色のキャミソールにレースがたくさんついた薄手のパーカー、下はデニムのホットパンツという出で立ちのかろんは、なんだかすごく難しそうな本に熱中している。黒いVネックのTシャツに、こちらもデニム地のパンツを合わせたオレは、お小遣い稼ぎのためにちょこちょこ作っているお札(恋愛成就とか商売繁盛とかもあるんだけど、一番売れるのは相手を蹴落とす系の呪符かな)に文言を書きこみながら、その様子をちらりと盗み見る。

 クセなんだろうけど、かろんって本読んでるとき、たまに口をちょっと開いて、悩ましげに下唇を人差し指でなぞるのなんでなの? 煽ってるの? 正直、エンつんに宴を催されるレベルの超理性なオレ以外の前でソレをしたら、男女問わず押し倒されてると思う。でも、他ならぬかろんのことだし、なにか意図はないんだろうな……。

 この子の年齢はオレの半分以下、半分以下……と言い聞かせ、動かしていた手を止めて、筆を置いた。そしてちょっとお休み……、と砂糖がたっぷり入ったアイスティーのグラスに手を伸ばす。少し汗のかいたグラスに備えつけられたストローへ口をつけたところで、かろんが勢いよく顔を上げる気配がした。
「ねぇ、リヒトさん!」
「どうかした?」
 何気ない様子で応えて、またくちびるへストローを持っていく。
(……さっき、かろんのこと見てたのバレてないよね?)
 オレのそんな心配をよそに、彼女は、それはそれはいい笑顔で言い放った。
「リヒトさんの匂い、嗅がせてもらってもいいかな!?」
「――……」
 ……危なかった。アイスティーをちょっとでも口に含んでたら、砂糖まみれの汁、辺りにぶちまけるところだった……。
 そんな焦りをカケラも感じさせないようにしながら、にこにことかろんへ言葉を返す。
「なんで?」
「あのね、この本に書いてあったの! 遺伝子がかけはなれた異性の香りって、いい匂いに感じられるんだって! 免疫力に秀でた子どもを残すために、より自分と異なる遺伝子を持つ者を嗅ぎわけようとする本能が関係してるらしいんだけど、これはヒト白血球抗原っていう――」
「アッ、もう大丈夫。どうぞかろんのお好きに……?」
「わーい、ではでは♪」
 思考がショートしちゃって、うっかりOKを出したオレの胸許に、かろんはうれしそうに顔を寄せ、静かに匂いを確かめはじめる。鎖骨に触れる柔らかいかろんの手指や、微かにあたる息がくすぐったい。
「あ、あの……」
 なんか、異様に緊張するな……。――っていうか……。
「ん、やっぱり……。あれ、リヒトさん? なんか震えてる?」
「あの、かろん、どうか……『うっかり加齢臭まで嗅ぎとっちゃった★』っていうのだけはやめてね? ちょっと……軽く三ヶ月くらい精神崩壊できるから……」
「一切しなかったよ!? あとお願いだから、そんな一言で簡単に精神崩壊させないで!!?」
 自分がアラフォーという事実に目が死にはじめたオレに対して、オレへ触れる手に少しだけ力をこめ、かろんが焦ったように声を発する。
「私は、遺伝子まで本当に違うのか知りたかっただけなの!」
「『まで』?」
「だって、私とリヒトさん、『全然ちがう』んだもん。これはもう遺伝子レベルで差異があるに違いない! って仮説を立てて、今日ようやく、参考になりそうな文献にゆきあたったの!」
 いや、そんなだんだん超うれしそうになってこられても、心が抉られるんだけど……。
「それで、……どうだったの?」
 オレの問いに対し、かろんはきらっきらの笑顔で答えた。
「すっっっごく、いい匂いがした!!」
「抉られたあとにメッタ刺されました……」
「なにが!? あとどうして敬語!!?」
 かろんは困ったように、きゅっと握りしめた拳を口に当てたまま、視線をあっちこっちさせていたけど、
「よし、リヒトさん。膝に来ようか!」
 キリッと眉毛を上げてそう言ったかと思うと、ベッドに腰かけ、その柔らかそうな膝をぴむぴむ叩いた。
「いやほんと、『なんで?』が止まらないんだけど……」
 この子の真意がわからない……。
 本当に謎だけど、有無を言わせないかろんの様子に、ベッドを軋ませ、こわごわ、そのすべすべした膝に頭を乗せて横になる。素肌に直接触れると、やっぱりいけないとは思いつつも、オレと同じボディソープに交ざったかろんの香りを感じとってしまう。それはオレにとってもすごく――いい匂いだった。

「あのね。私とリヒトさんは、『全然ちがう』。でもね、……遺伝子が『全然ちがく』ても、考えかたが『全然ちがく』ても。『わかりあいたい』って思うことはできる。私はリヒトさんのこと、もっともっと知りたいって思ってるよ……」
 そう言って、優しく俺の髪を梳くかろん。
 不思議だった。信じられないほど安心して、からだの力が抜けて、それなのに。胸の辺りがぎゅーっと苦しくなるような。
「リヒトさん?」
「――……そうだね、オレもかろんともっと仲よくなりたいな」
 言葉にならない思いは飲みこんで、いつもの薄っぺらい笑みを浮かべた。


 セミの声が遠くで聞こえる、穏やかな夏の一日だった。


【終】

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