第七話 【夜汽車は終わり国境の町へ】2008年2月29日朝 タイ・ラオス旅行記
起こされた先に見える車窓
金属音と振動で目が覚める。
昨晩ベッドメイキングをしていた鉄道員が、金属の棒でベットの梯子をガンガン叩いていた。これで起こされたのか。人生初の夜行列車、それも異国ではあったが、心身の疲れにより、あっという間に眠りについたことに驚きを隠せなかった。どうやって寝付いたのか、何も覚えていない。いつの間にか朝を迎えさせられた。
上から周りを見渡すと寝ているの僕だけ。どこも上段ベットは全て収納され、下のベットはシートに戻っていた。慌てて時計を見たがまだ朝7時半。皆早起きであるが、時効表では一応あと1時間で目的地に到着。出発が1時間以上遅れたので絶対そんなことないだろうが。
重いザックを背負い慌てて下のシートに移ると、待っていたかとばかり手際よく上段ベットを収納し、さっさと撤収する鉄道員。僕の寝坊のせいで彼の仕事が止まっていたのだろうか。そう思うと随分悪いことをした気がしたが、朝七時半はそこまで寝坊なのだろうか。
そして前日は窓が無いと思っていたのだが、ちゃっかり窓はあった。昨晩は何らかの理由で雨戸のようなシャッターが下りおり、窓が無いものと錯覚したようだ。
異国の車窓から眺める景色はどのようなものだろうか?
朝焼けに輝く長閑な田園風景が一面に広がっているの、を期待していたのだが、眼前に広がるのはただ荒れた農地。人の手が加えられてはいるようだが、格別キチンと手入れがされている訳ではない。一体どのような作物を育てているのか想像もつかない。
勿論、未だ嘗て見たことがない光景であり、異国情緒はあるのだが、胸躍るような美しい光景では決してないし、何らかの感動を与えるものでもない。
それに妙な既視感とあまり宜しくない親近感を覚える。
今向かっているラオスとの国境の町、ノーンカーイがあるエリアはイーサーンと呼ばれるタイでも最も貧しい地域である。そしてイーサーンとはタイ語で「東北」という意味である。この車窓から広がる光景は鈍行列車で実家のある東北に帰る時の光景に何処と無く似ていることに気づいた。
黒磯駅から東北本線に乗り白河の関を越えたあたりのような寂しい光景。東北に突入すると途端に空が曇天模様になり、空が低く感じるのだが、ここもタイの東北、そして当たり前のように曇り模様。既視感はここにあったのか。でも東北の田畑はこことは比べ物にならない程ちゃんと整備されてはいるがね!
夜行列車のトイレにて
朝起きてまずすることはトイレである。
若干衛生面で不安ではあったが生理現象を抑えることはできないのでトイレに向かう。隣の車両まで行く必要があるのだが、車両の間の連結部分が外にむき出しになっているので、移動がちょっと怖い。強風に襲われるにも関わらず柵が低いのでちょっとした不注意で外に落ちるのではないか、と恐怖にかられる。
手すりに捕まりながら隣の車両に移動してトイレに入る。
一応洋式。想像よりかはキレイで何とか用を足す。だが紙が当たり前のようにない。代わりに謎のシャワーがある。これは手動式ウォシュレットか?これで肛門を洗浄しろ、ということなのだろうか。股の間からシャワーを通して肛門に噴射しようとしたのだが、ホースが思いの外短く弾力性もないため、どうにもこうにもここぞという場所が見つけられない。つま先立ちなって腰を思いっきり屈めて何とかセット。重いレバーを押すと予想以上の水圧にビビってバランスを崩し、ホースを危うく踏みそうになってしまったが、何とか洗浄を済ませる。
後で調べて分かったことだが、このホースは肛門を洗浄する手動式ウォシュレットでもビデでもない。肛門を指で洗浄する際に手に水を当てるためのものであった。インド旅行記でよく出てくるようなアレか!まさか東南アジアも同じ文化圏だったとは!
用を足している最中、どうにも尻がスースーする。一通りミッションをクリアした後、ふと便器を覗いてみたのだが、何と便器の底にぽっかり穴が開いているではないか!排水槽に貯めるのではなく、いわば垂れ流し式。便器の底から枕木の残像が見える異次元体験。外気が強風となって尻を襲っていた理由がわかり納得。こういう経験ができるのも旅の醍醐味
国境の町、ノーンカーイへ到着
前述の通り到着は8時35分。時計は8時ちょっと過ぎ。出発が1時間以上遅れたので到着も絶対遅れるだろうと高を括っていたのだが、何やらタイ語でアナウンスが入ると向かい側の座席に座っている幸薄いタイ人親子が急に身支度を始めた。まさかちゃんと定刻に到着するのか?もう少し鉄道の旅を楽しみたいと思っていただけにちょっと残念であるが、退屈な時間を感じずに目的地までつけた、と思うと幸運ではある。
タイ国鉄東北本線の終着駅、ノーンカーイ駅まで近づいてくると車窓もほんの少しにぎやかで活気が出てきたように思える。とは言ってもバンコクで見かけたような立派なビルは勿論、建物らしい建物も殆んど見えない。
曇り空も晴れ、南国特有のソテツ系の植物が徐々に目に入ってくると異国へ、辺境への旅に突入している自覚が高まり俄然気持ちも盛り上がってくる。
そしてついに僕はあのあこがれの国、ラオスへとあともう一歩という所まで辿り着けそうなのだ。
大学の授業でなんとなく入ったラオス関係のゼミ。教授やゼミの学生が語るこの国がこちらの想像を予想だにしない所で裏切る話ばかりであり、あまりに魅力的に映り、ここまで足を運ぶことになった。
あと一歩である
だがここでもう一つ、大きな関門がある。
陸上での国境越えである。
そもそも海外旅行自体、今回が実質初めて。しかもいきなりの一人旅で、いきなり陸上の国境を超えるのである。
事前に調べたとは言え、スムーズにできるのだろうか。タイのバンコクでは散々嫌な目にあった。ここでも同じことが置きないとは限らない。
不安と期待が渦巻く中、ついに列車は終着駅、ノーンカーイ駅へと到着した。