口笛とクラリネット - クラリネットジャズ紹介3
3回目はBrad TerryのAll About Spring。
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クラリネット兼口笛奏者のBrad Terryと、ポーランドのジャズピアニストであるJoachim Mencelのデュオアルバム。1994年のリリース時にまだ20代のJoachim Mencelと50代のBrad Terry、ほぼ30ほど歳の差がある2人が、ジャズスタンダード曲をセッションしている。全編にわたってとにかく肯定的で優しい音がする、輝かしいとかではないんだけれど光がたくさん見えるようなアンサンブルがつまったアルバムだ。
Brad Terryのクラリネットは一言でいうと素朴な(一言にまとめすぎ)音のクラリネットである。クラリネットというか笛。クラリネットと口笛とが、まるで同じ笛の2側面のように歌っているのでそのように聞こえるのかもしれない。
個人的にクラリネットを素朴に(しかし美しく)聞こえるように吹くのは難しいことだと思う。クラリネットはその楽器の進化の過程で、近代的なキィシステムによって音色のむらや音程の取り方がある程度メカニカルに整えられてきた。真っ当に息を入れたらまあまあの音程の音が真直ぐに鳴ってしまう。そこで、楽器の整えられていない部分というか「笛本体」が持っている声を聞いて、鳴り方にある程度の幅を許しながら歌う、という取り出し方をしてこないと素朴で美しいクラリネットというのはあらわれないはずのものなのだ。Brad Terryのクラリネットにはそうやって丁寧に取り出された素朴さが聞こえる気がして好きだなぁ、と思う。
All Aloneは口数少なめのバラードだけれど、1音目からこの素朴さを存分に味わうことができる。少しざらっとした、作り込まれたヴィブラートとも違う揺れをともなった音に引き込まれてしまう。アドリブでも使う笛は同じままに、しかしそれこそ整えられたキィを大活用して軽々と転調しながらソロを歌う。そして口笛でもこの調子が全く変わることはない。Some Other Timeはテーマが口笛で始まるけれど、アドリブも含めてあまりに自然で驚いてしまう。Benny Goodmanの有名なナンバーであるGoodbyeはテーマ内での長調への転調が印象的で、Brad Terryの音色の幅の広さが感じられる曲だ。いろいろな響き方を許すその音色は、光の当て方によっていろいろな見え方をする水みたいに、重ねられるコードによってがらっと聞こえ方を変えていく。
Brad Terryは、"I Feel More Like I Do Now Than I Did Yesterday"という自叙伝を出版しているそうだ。
明るい曲だけでなく短調のナンバーからも伝わってくる、曲の進行や自分たちの音の重なりを一つ一つ肯定的に受け止めて前に進む感じと、自叙伝のタイトルがなんだかリンクしてしまう。紹介記事でしか内容を見ておらず、想像だけでものを言うのもおこがましい気はするのでいつか読んでみたい。