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【鉄道とアミノ酸。全ての悲劇は、ここから始まった。】4月の1000円

一言で言うと、不幸である。
当事者である私としては、一言で終わらせるわけにはいかない。そういう性分なのだ。

今月の初旬のこと。
快晴だが、風が強いと言う点で減点を課したい、そんな日の夕暮れ。
私はバスに揺られていた。
目的地は、あるコンサートホール。
胸には人一倍の期待と、一人分のチケットが収まっていた。
窓越しに見る街は、とても閑散としていた。
今日は有給を使ったのだから、当然だ。

運転席の上にある液晶画面を見て、次の乗り換え地点が近づいてきたことを実感する。
目的地に近づくにつれ期待が高まると同時に、なんだか落ち着かなくなる。
気を紛らすために、私は懐中から財布を抜き取り、チケットを取り出した。
お札よりも細く、長いつるつるした紙には、シートのランクや楽団の名前が記載されている。
私はこの楽団のコンサートを聴いたことがないかった。
楽団名を見て再認識するとともに、脳内で情景を予想してみる。
要するに、私は浮かれていた。

私はバスから降りた。それも、予定していない駅での降車だ。
私はそのまま、帰路についた。
というのも、よくある話で、コンサートの日付を間違えていたのだ。
気づいた時は一人、バスの片隅で石になっていたが、幸いなことに正しい日付は未来のこと、二日後を指していた。
「有給を早急に要求せねば。」
私は一気に疲れた。

トラブルは、その直後だった。
私が使用する駅はそこそこ大きく、複数の会社が鉄道を敷いていた。
それがよくなかった。
4月の初旬といえば、よく電車の運行が一時見合わせ状態になる。
風の噂では、レールや車輪とアミノ酸が結合しやすい季節らしい。
ホームで十数分ほど待っていると、鉄道会社からのアナウンスが入る。
「JRにお乗り換えをお願いします」とのことだ。
気が重いが、JRのホームに立つことにした。
これがまた、酷かった。

JR線の全てがそうなのかは知らないが、私が利用したホームは屋外に露出している。
つまり、この寒空の下に屋外で待ち続ける必要があったのだ。
風の当たらないところに避難するか、待ち続けるか。
前者を選択することはない。
なぜなら、幸運にも未結合で済んだ真っ黒な烏合の衆が、雪崩のように押し寄せてくるからだ。
ホームが空くのを待っているようでは、翌日の出勤に間に合わないことが容易に想像できる。

待ち続けること37分。
途中一本電車を見送ったため余計に待つことになったものの、なんとか座席を獲得した。
いくら寒いからと言い、おしくらまんじゅうだけは避けたかったのだ。
なぜならば、コンサート用に一張羅を纏っているからだ。
シワがつくのは看過できるとして、カフスをちぎられた日にはもう立ち直れないだろう。
一先ず、ここから4駅でローカル線に離脱できる。
山場は超えただろう。
心も体も、安楽に落ち着けた。
私の装いが電車に見合わないからだろうか。
隣の座席に腰をかけた真っ白な髪のおばあちゃんが、終始こちらを、濃い紫のフィルター越しにじろじろと見回している。
怪しい人間には関わるつもりはない。
不快たちに纏わりつかれていた割には、快適な4駅だった。

ということで、当日の清算をしておこう。
私は無駄な移動費と時間(有給休暇)を支払った。
対価として、数時間の間、寒さと不快感を与えてもらい、なんと、サービスとして一張羅に座りジワ加工まで施してもらった。
総評としては、良好なものだ。
ユダヤ教についての文献を齧っておいてよかった。
ローマの軍勢に囲まれたときに宗教を優先した気持ちが、私にも分かる気がした。
神はいつだって、我々に忍耐(ビアス[1906=1997]:に)を与えてくださるのだ。
強い疲労感に押しつぶされるようにして、眠りについた。

翌日のこと。
天気など、しらない。
私はベッドに臥していた。
先日の諸々が祟ったのだろう。
私は酷く体調を崩した。

ー神は死んだー

突発でコンサート当日の有給を申請しようという胸算用は白紙となり、コンサート前日である今日も有給休暇を強奪する結果になった。
何も考えられない。
頭痛から逃避するようにして、眠りについた。

コンサート当日のこと。
生憎の雨で、大幅に減点を課したい。そんな日の昼下がり。
私はタクシーに揺られていた。
会社から帰るための交通手段を持たない私は、仕方なくタクシーを呼ぶことにした。
急な有給申請であり、仕事の進みとの兼ね合いで、当日は午後の半日有給で折衷された。
半日分働くのに消費したエネルギーの1/3ほどを吸収しながら、タクシーは元気よく唸る。
私は社畜なのだろうか。。。

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